終章『栄光』
最後にどうしても、と思って戻ってきた。せめて、花だけでも、と。
祈りを捧げ、謝罪の言葉を何度も何度もかける。
青く高い空の下、墓標はずっと白く輝いて目を奪った。
話し声が聞こえて、クリフトは慌てて離れると墓標の影に隠れた。
(……姫様)
まさか、最後に姫の姿を見ることができるとは。
クリフトは力なく座り込む。
(誰かが引き合わせてくれたのかな)
彼らに見つからないように、そっと立ち去った。
クリフトは話だけに聴いていた記憶を頼りに山道を歩き続け、ようやく見つけた村の入り口に安堵の笑みを漏らした。
そこは魔物に滅ぼされた村。淀んだ空気に息を止める。
広場であっただろう場所に彼女はいた。
「ここにいると思いました」
彼女は驚いたように振り向いた。
「クリフトさん!どうしてここに?」
クリスは愚かな質問をした、と首を振った。
「…奇遇ですね。あたしも世界中のお墓参りに行って戻ってきたところなんです」
魔物に殺された者の墓や、赤色、青色の滅ぼした村。
そして、父親であろう男の墓。
打ち合わせたわけでもなく、同じことをしてきた一年間。
クリフトは唯一持ってきた剣を足元に刺すと、ポケットの中に手紙があることを確認した。
何も抜かりはない。
「…クリフトさんの考えていることは、なんとなくあのときに分かってました」
「最後の戦いのとき、ですか?」
クリスは同じように天空の剣を足元に付き立て、親友の形見の羽帽子を柄にかぶせる。
「いいえ。…赤色と戦っているときに貴方がかけてくれた言葉で」
「そうですか」
肩を竦めてそれだけ応えた彼に、クリスは天空の盾を見せた。
「これですね。クリフトさんが求めているのは」
魔法を跳ね返す力を持った伝説の盾。
「えぇ。そうです」
自らを殺すことの出来ない彼が、自分を殺してくれる者に彼女を選んだ。
クリスは心得たように頷いた。
「…本当にいいんですね?」
「貴女にしかお願いできません。…すみません、嫌な役目を押し付けてしまって」
クリスは目を逸らした。
「…最後の決断まで、あたしと似ているんですね」
「そうですね。だからこそ、貴女にお願いに来たのかもしれません」
クリフトは高らかに祈りの言葉を唱え、呪文を紡いだ。
天空に住まう竜の神よ
罪人に救いを
願わくば大天使カマエルに命じ
血、その流れを断ち、生命を凍らせよ
魂を導き、安らかなる死を与え給え
白い力は真直ぐに自らに返った。
「さようなら、姫様」
もしまた会えたら、そのときには……-。
クリフトを彼自身が立てた剣の墓標に背中を預けるように座らせると、クリスは彼のクロスをその手に握らせた。
そして彼女の親友が好きだった、かつての花畑に寝転がった。
紫色の毒を吐く沼。
痺れるような痛みが全身を襲った。
「ばいばい。お母さん」
クリスは目を閉じた。
-クリス!クリス!…もう、クリスティナ!-
懐かしい声に目を開けた。
鮮やかな色彩が溢れている。花。空。蝶。森。そして、
「シンシア…?」
覗き込むように自分を呼ぶ声。瞳を開くとそこには代わるもののない彼女の親友の姿。
桃色の髪がふわりと風に流れていく。
「ほら起きて!早くお弁当持っていってあげないと、おじさん待ってるわよ!」
クリスは眩しそうにシンシアを見つめた。
「もう少し、こうしていたいの」
シンシアは呆れたように微笑んでため息をつくと隣に座った。
「ねぇ、シンシア。あたし達、ずっと一緒だよね?」
「そうよ。わたしもクリスも、おじさんもおばさんも、皆一緒よ」
クリスは目を閉じた。一筋の涙が零れた。
「良かった…」
毒の沼の中で静かに眠ったクリス。そして、その傍らに眠るクリフト。
二人の顔は安らかだった。
“親愛なる姫様”
きっと、姫様がこの手紙を見ることはないと信じています。
でも、もしも、この手紙を手に取ったときのことを思って書き記すものです。
私は幸せです。
ずっと、自分だけが被害者と思って生きてきた私に姫様は救いをくださいました。
何度、こうして助けられてきたことでしょうか。
私は最後に別れる前に何度も感謝の言葉を伝えました。
それでも伝えきれない思いで溢れています。
繰り返すようですが、私は幸せです。
私の命をもって全ての罪を清算することはずっと前から決めていたことです。
それでも、こんなに暖かい気持ちのままに逝ける私はなんと贅沢なことでしょうか!
旅の間にはたくさんのことがありましたね。
知っていたかもしれませんが、姫様が城を抜け出すお手伝いをしたのは私です。
私が自分の勝手のためにしたことですが、それでも姫様は旅に出て、
辛いこと、楽しかったこと、様々な出会いを通じて大きく成長なさいましたね。
とても、嬉しく思っています。今思えば、貴女様のために出来た唯一の恩返しでしたね。
これから、姫様は私の知らないところで更に大きく強く成長して、
サントハイムを率いる女王となられるのですね。
これでお別れではありません。私は遠いところからずっと見守っています。
どうかお元気で。
“クリフト”
そして、しばらくのときを経て、女王となったアリーナはサランの町で海色の髪と氷のように澄んだ空色の瞳を持つ孤児と出会い、引き取った。
-end-
ウィンドウを閉じて戻ってください。
以下、蛇足。
変更点はこの展開のほかに実はもう一点ありました。
それはクリフトの犯した罪は何だったのか。という部分です。
親友ニックは「自らを殺す」という罪を犯し、その体は燃やして浄化され、灰を海に還すはずでした。
それを認められなかった少年クリフトは、王妃危篤の混乱で馬車に引かれた瀕死の少年と摩り替える。
という罪を犯したという点です。
5章に入ってからずっとそういう伏線を貼ってきたのですが、これを書き切ってしまうと脱線する上に
あまりにもヒドイと思って詳しく追求しませんでした。
書きはじめた頃よりも、私が栄光君にいろんな点で優しくなってしまったんでしょうね。
…それでも、この路線変更で良かったんだ、と思っています。
表に置いた分だけでも、この裏で明かした部分まででも、どうか読んでくださった方なりに解釈して
噛み砕いていただけたら嬉しいです。