『羨望』



 姫様、姫様はどうして、いつも私を追い抜いてしまうのですか?

 私はサランの町で、賑やかな人の流れの中、姫様の姿だけを追っていた。
 遠く聞こえる大聖堂の鐘の音。…あまり、いい思い出はなかったが、それでも小さい頃から好きな響きだった。

 城を出立し、旅が始まったのは昨日の夜のこと。
 今日から、新しい冒険の毎日が始まるのだ。
「クリフト、この鞭なんてどうかしら?」
「……お、お似合いです」
 武器屋で姫様は売り場で一番、高価な鞭を手にとって微笑みながら、私を振り返った。 初めての出来事、初めてみる表情。全てが始めて。
「クリフトも、そんな棍棒じゃ危なっかしいし、もっといい武器を使ったら?」
「私はあまり、武器は好きではなくて…」
 私の苦笑いを他所に、姫様の視線は背中の長剣から離れない。
「…かっこいいのに」
 その言葉に、不覚にもドキっとした。
「そんなこと、ないですよ…」
「そうかなぁ。絶対剣の方がかっこいいわよ、棍棒より」
 あぁ、武器自体の話か。少し、がっかりして、恥ずかしさから視線を逸らした。

「でも、こうして、私の護衛の任についてるのに武器が嫌いなんて、クリフトらしいわね」
 そう笑う姫様の言葉。
 姫様は魔物の危険性を知っている。私はそれに対して、あまり危機感がない。
 いつか、姫様が言っていた言葉を思い出した。

“前におおみみずに襲われたときに、魔物の恐ろしさを知ったわ”

 小さいころに二人で魔物に襲われた経験。
 それなのに、私はそれから何も学んでいない。
 知らなかった。姫様はどんな知識や経験も真綿が水を吸い込むかのように吸収しているのか。 聖職者としてあるまじきことだが、その姫様の才能に、少し嫉妬する。
「じゃあ、私。この鞭にするわ」
 姫様の言葉に我に返った私は代金を支払うと、喜んで店を出るその姿を追いかけた。

 ブライ様の待つ宿屋への道。
「ブライにも自慢してやるんだから」
と、嬉しそうに歩く、軽やかな仕草。跳ねるうさぎのように。
「クリフトもこれでちゃんと守ってあげるからね!」
「…ちゃんと、大人しいお嬢様として振舞っていただかないと困ります」
 きっと、これが適切な応対。
 姫様は頬を膨らませた。
「そんなんじゃ、つまらないじゃない。お城の中にいるのと一緒」
「それでは、せめて」

 私も、きっとこれからの毎日への期待から、少しハメを外していたのかもしれない。

「このクリフトが、旅の間、お側にいることをお許し願えますか?」


 姫様は満面の笑顔で頷いた。
「こちらこそ、よろしくね」

 これから、旅の間、きっと知らなかった姫様に会える。






短編、という名の没エピソード。話の流れで使えなくなった話を甘さアップで書き直しました。
一方的にクリフトが、アリーナを無意識に慕っている、そんな状態。