『私が気付いたものは何か』

 読まれた。
 読まれていた。
 私は足が震えて、崩れ落ちそうになった。
「貴方からは、そう見えたこということですか?」
「あぁ。正直な太刀筋だった」
 絞り出した言葉に、彼は即答した。
 そうか。そうだったか。
 貴方の願う対話は私の内心を透かす手段であったか。
「そなたは、俺の剣を見てどう思った?」
「っ……」
 私は言葉に詰まった。正直に言うことは恐ろしかった。
「今日で、こうして話をするのは終わりなんだろう?」
 ライアンさんは持っていた枝をナイフのように軽やかに取り廻して、私に手渡した。
 これを……どうしろと……。
 私は苦々しく受け取りながらも、葛藤した。
 そうだ。私は先ほど自分で言った。“これが最後。本音と建て前の混乱は忘れて欲しい”と。
 自覚はしているかもしれないし、していないかもしれない。
 だが、私は“最後になるならば聞いてほしい”と、少なくともそう思った。
「貴方の剣が……、ただ美しく……もっと見ていたいと……思いました」
「……そうか」
 ただ一言そう返すと、彼は私の前に片膝をついて、私の手をとってキスをした。
「俺の導(しるべ)よ。誓いをされてくれ」
 私はただ茫然とその流れるような所作に見惚れた。
「俺は、そなたが望むのであれば、今までのようにそなたの剣であり、盾であろう。だがもし、聴いて貰えるのならば聞いてほしい。聴きたくない話だったら、俺の方の本音の建て前の混乱だと思って忘れてくれ」
 周囲の音は何もかもがかき消され、周囲の景色すらも私は目に入らなかった。
「……続けてください」
「この戦いが終わったら俺と一緒に故郷に来て欲しい。生活も保障するが、それ以上に俺だけがそなたを守りたいのだ」
 薄暗いはずの月明りに照らされたその瞳が目に痛い程に明るく見えて、私は顔をしかめた。
「…………」
「……返答に困るようだったら忘れてくれ。俺も本当は言うまいと思っていたのだ。そなたは若く将来がある。俺に付き合うことはない」
 そのように言う彼の言葉は尚も静かで動じない。ずっと、最初からそうだ。私の動揺を見透かしているような言動をしても、彼は何も恐れていない。
「だが、今日の打ち合いの中で俺はやはり伝えたいと思った。さぁ、返答を。今日が最後の機会だ。“混乱だったから忘れよう”でもいい」
 私は眩暈がするようだった。
 同時にどこかホッとした。彼は逃げ道を用意してくれている。
「私は……」
 返答に困った私は、ようやく渡された棒の意味に気が付いた。
そうか。“誓いをする”、とは。
 いや、彼が持っていたときは木ではなかった。名工に鍛えられた名のある剣であった。
 私はその剣で彼の両肩を順番に叩いた。
「……貴方を……私の剣であり、盾として……これからもあることを願います」
 声が震えた。
 そして、彼の用意した逃げ道から目を背けた。理屈ではなかった。
「……その、どうか……傍にいてください……」
「あぁ。もちろんだ。俺を導く者」
 彼は再度、私の手の甲にキスをすると。私を見上げた。
 思わずもう片方の手で顔を隠す。
「どうした?」
 私はこれ以上ないくらい、とても冷静ではなかった。
「慣れない誓いの儀式の真似事などをしたから……恥ずかしいのです」
 適当に誤魔化すと、手を振り払うようにして顔を背けた。
「そうか」
 彼はまた短く返事すると私の肩を軽く叩いた。
「そろそろ夜風が冷える。宿に戻ろう」
 私は同意すると、彼の横に並んで歩き出した。
「明日からは過酷な戦いになるだろう。今日は休むか?それとも……」
 私は彼の気遣いの言葉を途中で遮った。
「貴方の建て前は大人の配慮だと分かっていますが、それも承知でこうお返事します」
 ライアンさんは少し面食らったように黙った。

「いつものように。共に過ごしましょう」

貴方も私を騙し続ける。
互いに本音で騙し続けて生きましょう。
これからも話をしてくれますか、Curse Of the Beast~romancer~(私の夢想を叶えて。)


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