『心の底に垣間見えたもの』



 一度だけ。きっと、生涯に一度だけ、貴方は打ち明けたのでしょうね。
 誰にも見せなかった背を、最後の夜に見せてくれた。

 あたしは泣いてしまった。ぼろぼろと零れる涙は止まらなかった。
 背中の全面に広がる無残に焼き付けられた焼印。そして、与えられた呪いの番号。
 そして残る古い傷跡の数々を見て、彼が受けた苦痛と残酷な毎日を思うと涙せずにはいられなかった。

「これをうけたのは3歳の頃でした」
「どうして…。どうして、貴方がこんな仕打ちを受けなければいけなかったの…」
 顔を覆って声を上げて嗚咽を漏らすあたしに貴方は驚いたようだった。
「どうして貴女が泣くのですか、クリス?」
「だって…あまりにも酷いじゃない!」
「…」
 ぽん、とあたしの頭を撫でて貴方は悲しそうに笑って全てを話してくれた。

「私の父は修道士でした。…そして、母は物乞いの売女でした」
 あたしは貴方を必死に止めた。…貴方がそんな悲しい顔で笑いかけてくれるのが耐えられなかったから。
 それでも話は続けられた。
「私を密かに産んだ母は目も見えていない赤子を庇い隠してどこか遠くへと追いやられました。 …しかし、それは父へ向けられた嘘だったのです。数日後にゴミ捨て場で無残に拷問を受け切り裂かれた母を 父は見つけたのだそうです。母は異端審問、もしくは魔女裁判と勝手に称した決して正式なものではない戯れの私刑のうちに 命をおとしたのです。追い詰められ気が狂った父は聖像の前で全てを呪う言葉を吐きながら 自らの首をかき切ったのだそうです」
 あたしは耳を覆っていたが、今でも彼の言葉一字一句、息遣いさえも覚えている。
 貴方はききたくないと訴えるあたしの制止を受け付けずに続けた。
「父の部屋で密かに生きていた私は父の死により院長に見つかることになりました。 …父の死は院の平穏を揺るがした大事件でした。その災いのうちに残された赤子。 教義ですから殺すことは出来なかったのでしょうね」
 貴方は擦れた声で片手で視界を隠すように顔を覆った。
「…私は当時は何も知らずに、狭いあの世界を全てだと思って、何もかもを憎んで呪っていました。 毎晩、天に向かって『呪われろ』『災いあれ』と。『私が呪われた子であるのならば全てを引き裂いてやります』と」
 あたしはこれ以上、貴方に喋って欲しくなくて腕にすがりついた。
 貴方は私の肩を抑えてぽんぽんと優しく叩き、落ち着かせてくれた。 呪われた子なんかであるはずがない。こんなにも暖かいのだから。

「そして、院から逃げ出した私を姫様が助けてくださって。今では私の言葉を聴いてくれる貴女がいて」
「…」

「…どうか、私のことを覚えていてください」

 そして貴方は初めて涙を見せて、声を上げて泣いた。

 今、思えば。
 あの独白は貴方の遺言だったのね。

 酷い貴方が。意地悪で卑怯な貴方が、あたしだけに本当の心を見せてくれた最後の言葉だったのでしょうね。
 さようなら、クリフトさん。
 貴方に言われなくても、忘れるなんて出来るわけがないわ。








<fin>
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エピローグ的後日談。貴女だけに話す私の生きてきた道。

『心の底から拾い上げたもの』でクリフトが話した全てが終わったら、という話でクリスが出てこないのはわざとです。
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(痛い恋愛七題:あなただけ)