『虚無から生まれ、虚無に帰る崩壊』
私は特異な性質を持っている。
何でも手に入れたくて仕方が無いのだ。
それのみであれば私は平穏に毎日に過ごすことができるのだろう。
この“強欲”という禁忌を戒めていればいい。
…私は手に入れたものは大切に鍵をかけてしまっておかなければ安心できない。
毎日様子を見なければ不安に駆られる。
そして、それらが私に気持ちを向けているのかが気になって夜も寝られないのだ。
例えば昔、こんなことがあった。
小さい頃、私は修道院の当番の水汲みで井戸まではるばる出向いて歩いた。
その途中に見つけたもの。それは巣から落ちてしまったのであろうひな鳥だった。
首を持ち上げてか弱い声でひよひよと鳴くそれは可愛らしかった。
私はすぐに辺りに巣がないか探した。
木の枝の様子を伺うように。丁寧にも歩き回りながらあらゆる角度から木という木を調べた。
見上げすぎて首を痛めてしまうほどに。
しかし、見当たらなかった。
その場に置いて去るのも気が引けた幼少の私はこっそりとそれを懐に隠し、部屋まで連れて帰った。
与えられる質素な食事の内、パンを僅かに千切って袖に隠して持って帰っては部屋の小鳥に与え続けた。
すると、生命とはなんという奇跡なのだろうか。すぐにひな鳥は短い距離を飛べるほどになったのだ。
羽ばたき方を教えられていないというのに、と私は感心した。
おそらく、この鳥は生まれ着いての天才なのかもしれない、と。ますます私は舞い上がり餌を与え続けた。
私はその数週間の間にこの小鳥のことばかり考えていた。部屋に戻っては木の枝を結わえて作ったお手製の鳥かごを眺め、
そして、かまって喜んだ。鳴声が大きく力強くなってきたのを感じて、その声が漏れて誰かに知られないように自分の布団を上からかけた行為すらも嬉しかった。
命を助けたという満足感も後押ししていたのかもしれない。
だから、絶望した。
その小鳥が立派に飛び立てるようになったとき、窓から外に出ようとしているのを見て。
私はこの小鳥を愛していたのだろう。
少くとも大切に想っていたことは間違いない。
この小鳥に生きる機会と愛を与えているという、自尊心は砕け散った。
私はこの小鳥に良いように操られていたのだ。
まるで親鳥の元へ帰られるようになるまで、奴隷のように食べ物を運ばせ、身の回りの世話をさせられていたのだ。
私の善意を裏切るように。この小鳥は私を利用している。なんという屈辱だろう!
小鳥は窓枠にとまり、見えない壁に行く手を遮られていることを不思議に思ったのか、
私を振り向いて小首をかしげた。
そんなに親というものが大切なのか。
不在の親以上に愛情をかけてやったこの私よりも。
気付けば私はその鳥を握りつぶしていた。
手の中でもがく羽毛と、普段聞かせるさえずりとは打ってかわって悲鳴を上げるような強い鳴き声。
私は窓の外に小鳥を投げ捨てるように投げると、小鳥はよろめくような低空飛行の後に空に消えた。
また私は一人の毎日に戻った。そう、長かった幻から覚めてまた元の繰り返しの生活に戻ったのだ。
なぜか鳥かごだけはそのままに残していた。
これならば私を裏切ることはない。愛は終わる。だが、思い出は清いまま永遠に。その証すらも私は愛おしい。
人間の性質など大人になったからと言ってそんなに変わるものではない。
敢えて変化した点を挙げるとすれば、それは忍耐と自粛という言葉を覚えたことか。
ただ気になるのは。
虚無の中から、また一つの愛が生まれて私の心を蝕んでいるということか。
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お題に沿っていない気がしないでもない。
(漢+カナ七題:崩壊アシンメトリー)