『私が望んでいたもの』


 ようやく落ち着いた気分と気配。私は眠るクリスレイドを無表情に見下ろした。
 どうして彼は私の命令に従ったのだ。
 私を救おうというのか。私などに救いなど必要ないというのに。
 彼は慈悲深さがすぎる。それが返って私を追い詰めると、彼は知ってのことだろうか。

 私はずっと、ただ平凡でありふれた生活がしたかった。 大切な人がいて、笑い合って…。ただ、それが欲しかった。
 それを与えてくれた姫様のために戦う勇者になりたかった。

 今の私は醜いだけだ。
 私は選ばれなかった。私の何よりも優れた彼。私に取り柄など残されていない。選ばれなかったのも当然なのかもしれない。

 クリスレイド。あなたは私のものになると言った。
 私はあなたが所有物となれば、自分を許すことができると思った。 しかし、どういうことだろうか。その言葉が決定的に私の敗北を決めたのです。 取り返しの付かない失敗だ。
 純粋な正義である勇者様。
 私はハサミを手に取った。
 あなたを所有する証に。 あなたを私の一部として閉じ込めるために。 この敗北を胸に刻みつけて、私は一生敗北者のまま惨めに過ごすために。 あなたの髪を頂きます。

「勘弁してくださいよ」
「起きていたのですか?」
「…そんなに切羽詰った様子で枕下でハサミ構えられたら、気配で起きちゃいますよ」
「…それは失礼しました」
 クリスレイドは体を起して、私からハサミをすばやく奪い取ると寝癖のついた髪を押さえた。
「クリフトさんのことだから、今落ち込んでいるんですよね?」
「面白いしもべを手に入れたというのに落ち込む必要がどこにあるというのです?」
 内心、どきりとしながらも私は不敵に笑ってみせた。 全ての言動を見せ付けられるたびに、一々私は惨めになる。
「僕は昨日、クリフトさんを見て決めたんですよ」
「?」
 突然の話に呆然と口を開けたままの私にクリスレイドは指で3つ、と示して見せた。
「クリフトさんが欲しがっているもの。自分でわからないかも知れないですけど、僕には分かりますよ」
「…私が?それがあなたにわかると?」
 クリスレイドは自信に満ちた表情で頷いた。
「僕はその全てになってあげます。…僕にしかきっと出来ないんです」
「…手に入れたしもべが『王子様』だったというわけですか?」
 くっと、私は喉で哂った。クリスレイド、あなたは優しすぎる。 そうやってまた、私を追い詰めることをあなたは望むのか。
「僕の髪の毛はもう少し伸びたときまで待ってくださいね。『シンデレラ』さん」


 さぁ、これは一時の幻想(バッドエンド)なのか。 それとも幸福な結末(ハッピーエンド)なのか。
 恐らくバッドエンドなのだろう。

『惨めな女の代表のような顔をしている灰かぶり姫。本当の地獄を知らない贅沢者。地獄でその罪により、業火に身を焦がして苦しむがいい』
 それでも私はしばらくの間、彼を解き放ってやる気などなかった。その意味を理解していながら。






<fin>
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~imprisonment(監禁)~
ちょっと抽象的すぎたかもしれない。難しいなぁ、BLって。
勇者になりたかったクリフトっていうのは聖戦、栄光前からずっと書きたいと思っていたものだったので、 何か降りてきたら加筆修正するかもしれない。
ところで男クリスも女クリスも性格は一緒なので、書いていてあまり違和感がなかった。 名前ってすごい。
(狂った七題:rhapsody)