『きっと』
私はサントハイムに仕える神官。
この立場は非情に不安定なものであることは、最初から分かっていた。
私の身を守るために姫様が与えてくれた役職と地位。
だからこそ、私は姫様の右腕であり、剣であり、盾で在りたいとずっと望んでいた。
ここのところずっとまともに寝付けた夜などなく、やたらに目の冴える苦しい時間を過ごしていた。
そんな時、闇夜に紛れるように現われた黒い服の礼儀知らずな老人に私はなおのこと苛立った。
「いっしょに来てもらいたい」
正装に身を包んだ二人の老齢の高位聖職者を前に私は手渡された手紙に並んだ字面を眺めた。
「…どうして私が必要なのですか?私が言うことをきくと思ったら大間違いですよ」
「承知の上だ。…異端の宗派の修道院から逃亡したお前が、今更教会側の要請を素直にきくとは思ってはいない」
私は手紙を見せびらかすようにひらひらと振った。
「ならば私のことは忘れてお帰りください」
この手紙を私が姫様に見せれば、準備段階のこの計画は阻止される。
「導かれし者である英雄が一人でもわが陣営にいれば良いのだ。何もしなくとも良い。
士気を高めるシンボルであってくれれば、不自由はさせない」
「……本気で国を盗る気ですか」
高僧二人は深く刻まれた皺だらけの眉間に力を込め、目をぎらぎらと光らせて私を見据えた。
「時代の流れは変わりつつある。それを考えれば、身の振り方もおのずと見えてくるだろう」
「……」
私はもう一度、手紙に目をやった。
「さぁ、英雄殿。ご決断を」
「………さぁ、どうでしょうね」
私はそう言って言葉を濁すと、そのまま手紙を灯かりの蝋燭の火で燃やした。
勇者と導かれし者達。すなわち、私達が魔王を倒し、世界を魔物の脅威から解放して早5年。
順調に復興を続けていたサントハイムに悲劇が起こった。
突如、起こった天災と厄病。
そして隣国スタンシアラで起こった革命。
失業に喘ぐ民衆とインフレ。
財政難に陥ったサントハイム政府は最後の手段として教会勢力に狙いをつけた。
徳政令と権限剥奪。
好意としか受け取れない程に友好的な条件を交わしていた彼らは激怒し、
国家は利権を巡って対立した。教会と国の要求はかみ合わないままだ。
その間にも一般レベルの生活は悪化の一途を辿り、暴動が激化。
私は政治のことなど関知しない。
それでも、この頃にはこの国の崩壊を薄々感じ始めていた。
これを確信させたのは先程の二人の老人。
教会はロゼスティール家と組んだ。
魔王との戦いの間、政府不在の国と民衆を守り、武勲を上げている猛将で民衆からの指示も篤い。
彼らは確実に国を奪い取るつもりだろう。
残念ながら、民衆の意思は国家から離れつつある。
それを決定付けるために必要なのが、私という反抗旗なのだろう。
同じく英雄である姫様やブライ様を叩き潰すことを正当化させるための。
私は聖職にある者。
聖ドラリウス暦182年。大地に霜が下り始めたディアボロスの月、満月の日。
私はロゼスティール家と教会の連合軍についた。
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ここで重要なのは『雰囲気で読む』というスキルです。
あまり細かいことを考えてはいけません。
(例えば七題:神様がいたとしたら)