『私は』



 ロゼスティール家がサランの町で蜂起してから4ヶ月が経ち、クーデターの戦の炎は国中に広まった。 恐らく、私が数少ない友人に手紙を送ったとしても返事は殆ど返ってこないだろう。
 私はロゼスティール家の本拠地であるサランで与えられた一室で、 遠くに聳えているであろうサントハイムを思った。
 戦況はこちら側に有利に傾きつつあると聞いている。 このまま順調であれば、翌年には王家は革命者に取って代わられているだろう。 サントハイムとロゼスティール。どちらが勝つかなんて、内乱が始まった頃には考えていなかった。 むしろ、サントハイムが、姫様やブライ様がいれば負けることはないだろう、とも心のどこかで考えていたのだが。 …やはり、全ては無常。 常に動いている時の流れに聖なる城(サントハイム)も流される瞬間がやってきたということか。
 
 …姫様はどうしているだろうか。
 聖眼王として名高い国王と、虎姫と呼ばれる勇ましい姫様。 そして、世界最高峰の魔術師ブライ様。剣聖の誉れ高き兵長ハーゲン。
 彼らがそう容易く引き下がっているわけでもあるまい。

 私は部屋のドアを見た。ちゃちな南京錠が、ドアの向こうにぶら下がっていることはわかっている。
「…こんなもので」
 私を捉えたつもりとは面白い。
 ある程度の不自由ない生活はさせてもらっているが、こんな鍵で私の行動は管理されている。 それもそうだろう。私が姫様の一番の忠臣であることは有名な話だった。

 私はコートを羽織った。伝え聞いた戦況に私はようやく行動を起す気になった。
 躊躇いなく私はドアの蝶番を蹴飛ばすと、気持ち良くドアは本来開かない方向にはじけ飛び、 折れ飛んだ金具が木床に音を立てて散る。
「4ヶ月。よくぞこんなところで我慢したものだ」
 こんなドアは。ここに入ったその日に。いつでも抜け出せるように細工していた。


 久しぶりに一人で歩く町には戒厳令と傭兵達。
 私はそんな町を退屈に思い、寄り道することなく真直ぐにロゼスティール家に向かった。

 監視されていたはずの革命の反抗旗たる私の不意の登場に慌てふためく使用人の制止を振り切って、私は彼のいるだろう広間へと踏み込んだ。
「お邪魔します。ロゼスティール将軍。そして、ギエル枢機卿」
 まさにこれからの戦闘に備える会議の間であった。
 広いテーブルに広げられた地図を囲む重臣達。
 その中でも再奥の席の40前後の髭面の精悍な将軍と、あの日私に出向を命じた老人の一人が険しい顔つきで私を睨みつけた。 そんな威嚇を平然と微笑んで受け流す。将軍が威厳のある声で私に問うた。
「何をしに来た?」
「…おや、ギエル枢機卿。私は聞きわけが悪い、と将軍に伝えていなかったのですか?」
 ギエル枢機卿が歯軋りをして相変わらず睨み続けている。
「……そうだな。お前はあの虎姫をいなすことが出来る唯一の男だ。そう考えておくのが自然だったな」
 将軍が軽く手で合図すると、周りに控えていた兵が一斉に私を取り囲む。
「おやめください、将軍。…私は一声で、彼らを瞬殺することが可能なのですよ」
 私は彼らから魂を刈り取る魔力を見せ付けるように立ち上らせた。 脅しではない。 彼らが引かないようなら、私だって動く。
「わかった。…お前達、下がれ」
 安堵したかのように、武器を納める彼らを一切無視して私は机上の地図を覗き込んだ。 上に置かれた駒。
 サントハイム城の上に赤い駒。それを囲む青い駒。
「城攻めになっているのですか?」
「そうだ。サントハイムが篭城の体制に入って一月目だ」
 私の問いを将軍が肯定した。
「…ふふ」
 私は興味深いその配置に嘲笑した。
「何がおかしい?」
「おかしい?…そうですね。おかしい。その通りです」
 ロゼスティール将軍が怒りの目を私に向けている。
「陛下らしい駒運びです。…姫様とよく似ていらっしゃる。 真正面から受けて立っているのですね。そして、将軍。あなたは更に正直だ。 連合軍たる力を以って押し流そうとしている」
「…そう読み取るか」
 私は、しかし、と赤い駒のいくつかを手に取った。
「陛下は姫様と違う点がある。陛下は柔軟な悪巧みができるということ」
 私はサントハイムの東にそれらを置いた。
「ブライ様ならばこうなさる。伏兵を率いるのは恐らく剣聖ハーゲン」
「……本気か?もはや、そんな勢力はないはずだ」
 ギエル枢機卿がようやく口を開いた。将軍も頷く。
「お前の進言を我々が聞き入れさせ、兵を分割することが策か?」
 私はサランに置かれていた大将の青い駒を手に取って、将軍に突きつけて一瞥した。
「…お黙りください、将軍。…あなたの無能がここまで無駄に戦火を長引かせた。 これから政権を掠め取るおつもりならば、黙って私の言うことをお聞きください」
 ぐっと、将軍が気圧されて息を呑む。
 ギエル枢機卿が嘲笑うように言った。
「curse of the beast(異端の修道士)よ。お前は恐ろしい男だ。 自らの全てを救い上げた国を自らの手で潰そうと謀るとは」
 私は枢機卿の言葉を容赦なく無視し、手に取っていた青い駒をサランに戻した。
「あなた方はここで静かに見ていなさい。これからは私が兵を動かしましょう」
「…お前がか?」
「ロゼスティール将軍、ギエル枢機卿。無能なあなた方は4ヶ月もの時間をかけてようやくここまで来た。 これから城を落とすまでに半年はかかるでしょう。…私ならば2ヶ月で終わらせてみせます」


 そして、3日後。
 目論見どおり、 サントハイムの軍勢に大打撃を与えることに成功した私はその場にいた全ての兵に命じた。
「これからあなた方の統率をとる者は私です。 狙うはサントハイム国王と王女アリーナ。 求めるものは新しい時代。聖なる丘に鋼鉄の薔薇(ロゼスティール)を咲かせよ!」


 もし、敵が姫様でなかったら。私はこの戦いには一切関知しなかったかもしれない。


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ここでも重要なのは『雰囲気で読む』というスキルです。
(例えば七題:君が僕のものじゃなかったら)