1.『溢れ返る…………』


 「勇者様。貴方は……私をお忘れください」

 私は血液と共に失っていく意識の中で、叛逆の神の徒に伝えた。
 残る命と力の全てを、言葉にすることだけに費やして。
 地面に膝をついて耐えているはずだが、もう感覚がない。

 溢れ出す。
 思いが。志が。決意が。

 強い強い荒れた黒い海から迫りくる巨大な波が押し寄せ、岩肌を叩き、咆哮を上げる。
 それを聞くのは私と……かの勇者だけ。

 溢れ出す。
 悔しさが。そして、不甲斐なさが。
 
「忘れませんよ。僕は決して。そして諦めない」

 響き渡るような声だ。
 魔物の声と海の鳴る合間に聞こえる確かなその声に、私は濡れた手を強く握り締めて地面を力なく叩いた。
 目を開けた。
 よく見えてはいないが、彼は私の前に立っているようだった。
 襲い来る波と魔物、両方の絶望から私を守るように。

「必ずまた会えます。次は上手くやります。だから今はごめんなさい。おやすみなさい」

「…………」
 
 自らの意思を強く持った、神の選びし只一人の勇者。
 貴方が運命に素直に従わなくても、誰が責められようか。

 ならば貴方の叛逆を見守りましょう。

 溢れ返る。輝く粒子が。
 まるで貴方の我儘の中にある、純真さの光のようですね。
 どうか、貴方の気の済むまで。




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