『否定しないという嘘をついたのは誰か』
それから、またしばらく経ったろうか。
宿についた我々は、それぞれの部屋に向かい休んでいるだろう。
私は自らに与えられた部屋から早々に出ると、迷わずに隣の部屋のドアを叩いた。
「いらっしゃいますか?」
「あぁ。開いている。入ってくれ」
私は静かにドアを開けると、当然のように中に入り込んだ。
ライアンさんは鎧ではなくシャツ姿で、窓から外を眺めていた。
「いい夕日だ。神官殿の祈りの言葉を聞く時間と合わせれば、俺には勿体ないくらいに叙情的だ」
「それは何よりです」
抒情的などという彼らしくない言葉は私の影響か。
私は自然に彼の横に並ぶようにして、夕日を見ると祈りの言葉を捧げた。ただ、彼に聴いてもらうだけの祈りの言葉を。
聴き慣れたであろう定型の言葉を、彼は黙って聞いている。
肩が触れてもおかしくないくらいの距離で、しかし、それ以上は決して互いに寄らずに。
「今日も私が導く剣が生き延びたことに感謝を」
「信仰の元に俺を導いてくれる神官殿に感謝を」
夕日が色を変え、海に沈んだのを見届けた私は無言で彼のベッドを椅子代わりにして座った。
彼も従うように窓際から離れると、私を尊重するかのように自分の部屋だというのに椅子に座った。その様子を見て、私は内心で心地よく思った。
「ライアンさん。今日は貴方の話を聞かせてください」
私は子供のように彼に面白い昔話をせがんだ。
「そうだな……。では、俺の故郷の話はどうだ」
「ぜひ」
話の内容なんて、きっとお互いにどうでもよかった。
決して彼からは詰めない距離。
その距離感が心地よい私は決して明かさない。
彼は私の事を『回復呪文が得意で、愛情深く、素直で正直』な友人にどこか似ていると言っていた。それは誤解である、と。
私は『即死呪文が得意で、愛情に飢えていて、それを素直に出せないひねくれ者』だ。
だから、貴方も私を誤解させたままでいて欲しい。
この相思相愛の一線を越えるのは、またいつかでいい。
「……おや、首に擦り傷が……」
小枝が当たった程度の擦り傷。私はふと見えたライアンさんの首筋から左耳に掛けて、右手を伸ばした。
「貴方はいつも前に立って、誰かの痛みを請け負うのですね」
姫様のしなやかな筋肉とは全く違った引き締まった武骨な首筋。手を伸ばした私を身動き一つせずに見守る戦士。
「俺は自分が皆の盾となり、剣となることしかできないからな」
小傷の一つを癒すなど造作もないことだったが、私は手を伸ばしたまま、その強く深い瞳に捉えられ一瞬身動きがとれなくなった。
「だが、何も恐れてはいない。俺を導く神官殿が傍で背を守っている」
ライアンさんの腕が伸ばされると、武骨な指が私の左耳の横の髪にそっと触れた。
ぞわりと背中から体の中心を何かが駆け抜けたように震えた。
「……私は……。私は少し悔しく思いました」
目の前の強い男に、私は脳に剣を立てられている。
「貴方が、“『皆の』盾で剣”だと、私だけの前で発言したことが」
ライアンさんは私の言葉を聞いても生真面目そうな顔を変えなかった。
「そうか。だが、クリフト殿も“神のしもべ”だろう」
私はその言葉に、魂を貫かれた剣に手をかけた。
「えぇ、そうでしょうね……今はお互いに……」
互いに伸ばした手を引っ込めて、再び距離をとった。
「次はそちらの話をきかせてくれ」
私は微かに笑んだ。
「……私の話は今度も面白くないですよ」
話の内容なんて、きっとお互いにどうでもよかった。
この誤解から生ずる相思相愛の一線を、いつか越えることがあるのだろうかと思いを及ばせながら。
今日も話を続けましょう、Curse Of the Beast~balancer~(互いに釣り合いをとりながら。)
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