『約束を守らないのは誰か』


 月も星も見えない暗い夜。
 焚火の炎の揺れる光だけが周囲を照らしている。
 昼間の行軍と戦闘で休む仲間達の馬車の外で見張りをするのは、私と戦士の番だった。
 私は先日の洞窟での会話を考えないようにして、日常に戻っていたつもりだった。
 同様に彼の方も何ら変わりなかった。
 今日、この日。あの洞窟を思い出させるような闇と炎、二人きりの空間が生まれるこの時までは。
 眠りにつつまれた馬車の中の気配は安穏としている。
 私は胸のつかえを解消するべく話をするか暫くの間悩んだ。悩んだうえで、直球に訊ねる度胸もなかった。しかし、心の中にしまって置く勇気もなかった。
「ライアンさんは、信心深い方ですか?」
 唐突な言葉に、彼は剣を手入れしていたのを中断した。
「そうだな……。クリフト殿にこんなことを言っては怒られるかも知れないが、全てが偉大な天上の神の思うままにというのも思うが、人間の力にも頼りたい。努力することで運命を変えることが出来るのならば、俺は出来ることをして誰にでも胸を張れるように生きたい」
 私は肯定も否定もせずに頷いた。
「ライアンさんは正直な方なのですね。そして、誠実に答えてくださってありがとうございます」
 そう、正直で、愚直なまでに不器用なのだろう。そして、同時になんと強く崇高な心の持ち主なのだろうか。
 ならばきっと、洞窟でのあの言葉は……本心なのだろう。
 私は今になって動揺した。いや、動揺していたことを自覚しないようにしていただけだ。
 両手で口元を隠した。自分でもどんな顔をしているか分からない顔を見せたくなかった。
「…………、先日は私を庇ってくださったというのに、責めるようなことを申したことをお詫びしたく思っていました。そして、ありがとうございました」
 詫びと礼の言葉を口にしながら、私はライアンさんを見ていなかった。
「私を、聖職者であるからと尊敬してくださる方が多いのできっとそういう事かと思いますが……」
 そういう事にしたいのは私だ。先ほどの問いも、そのように答えて欲しかった。
 ライアンさんが再び剣の手入れを始めた音がした。
「……あぁ。そうだな。俺は悪の帝王を倒して子供達とその未来を守るんだ。そこに信仰があるのならば、俺はそれを守る祖国の戦士であると同時に、その信仰のしもべである聖職に仕える剣であろう」
 私はようやくライアンさんを見た。視線の先で炎の明かりに反射する鎧の赤光が眩しい。
 もしかして、私が望む言葉を言わせてしまったか。
 いや、これは互いの落としどころだ。
 互いに踏み越えてはならない一線を、それぞれが引いて確認したのだ。
「……俺を導いてくれるか、神官殿」
 私は頷いた。
「えぇ。私は、私の剣を見守りましょう」
 私とライアンさんは、互いに触れずに、意志だけで契約を交わした。



next
back

ウィンドウを閉じて戻ってください。