『仲間』



 コナンベリーの港を出港したときにはすでに限界だった。
 すでに視覚は失われていた彼は、自分の力で立つことすら難しかった。 手に力も入らず、何かにすがることも出来なかったが、 それでも、アリーナやブライの声が聞こえると、何を言っているのかすらもわからぬまま、
「大丈夫です」
と、繰り返した。
「おかしいわよ…」
「大丈夫です」
 アリーナとブライは顔を見合わせ、頷いた。
「ごめんね」
 少しだけ手加減をした当身に、クリフトは驚く程簡単に地面に崩れた。




(姫様。ごめんなさい。ずっと、お側にいることはかないませんでした)

(-でも)

(ようやく、天の国へ行くことが出来ます)






 完全に意識を失ったクリフトの体はアリーナも驚く程に熱かった。
 苦労してミントスの宿屋まで運び込むと、主人は得体の知れない病気を患った旅人だというのに 親切に部屋まで案内し、さらには町の神父まで連れてきてくれた。
 ブライが何度も何度も感謝の言葉を述べると、宿屋の主人は、
「当然のこと」
と、笑んでくれた。
 これで助かる。そう思ったのも束の間のことだった。
「……手の施しようがありません」
 初老の神父が静かに告げた死の宣告にアリーナは顔が引きつるのがわかった。
「……そんなはず、ないじゃない…」
 目の前に横たわるクリフトは呼吸も微かで、今にも止まりそうだったけど。 それでも死ぬはずがなかった。
「だって、クリフトは“だいじょうぶ”って言ってたんだもの!」
 それでも無理を通してしまう正確であることはブライもアリーナも良く知っている。
「姫様…」
 ブライも唇が震えてしまって、それ以上言うことは出来なかった。
「だってクリフトは“ずっと側にいてくれる”って言ってくれたのに!」
 ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ち、クリフトに掛けられている布団を塗らしていく。

「クリフト、お願いだから、死んじゃ嫌だよ…」

 幻聴だったのかもしれない。ひどい耳鳴りで聴覚は麻痺していたが、それでも確かにそう聴こえた。
(泣かないでください、姫様。迷いができてしまいます)
「-め、さま…」
 神父は目を丸くした。
 まさかまだ声を出すことが出来るとは。いつ心臓が止まってもおかしくないというのに。
「この町を出て、南東に進むとソレッタという国があります。そこには パデキアという万能薬があるのです。それさえあれば、彼を助けることが出来るでしょう」
 ブライは険しい表情で神父を睨みあげた。
「-なぜに、もっと早く言わんかったんじゃ」
「ソレッタには我々と同じ信仰を持つ組織がありません。何も援助も出来ませんので、 取りに向かっている間、彼の体力が続くと思わなかったのです」
「クリフトならだいじょうぶよ」
 アリーナは涙を拭って、神父を見た。
「クリフトが私を置いて死ぬなんて絶対にないんだから!!ブライ!」
 アリーナの覇気に呼応するようにブライは力強く頷いた。
「姫様、このあほぅはワシが看ております。どうぞ存分に暴れてきてくださいませ」
「もちろんよ!すぐに戻るから!」
「お待ちしております」
 乱暴に扉を閉めて、アリーナは走りだした。

「…クリフト、聞こえたろう?姫様がお前さんのために直々に行ってくれるそうじゃ。 まったく、身に余る光栄だとは思わんか?」
 ブライは椅子をベッドの側まで引きずってくると、腰を下ろしながら、そう語りかけた。
「だから何がなんでも死ぬんじゃないぞ。姫様が泣いてしまうからの」

 幼くして母を亡くして以来、ずっと彼を頼って生きてきた姫が絶望せぬように。
 ブライは神父に頼んで、気休めにはなるだろうと回復の呪文を唱えてもらった。









 それから数時間が経っただろうか。
 ドアの外から何人かの旅人が賑やかに階段を上ってくる声がした。
(まさかとは思うが)
ソレッタからの旅人でアリーナについて何か知っていないだろうか。 パデキアについて何か知っていないか。いや、持っていないだろうか。
 そんな奇跡にも等しい願い事を持って、藁にもすがる思いでブライはドアを急いで開けた。
 必死の形相でいきなりドアを開けて出てきた老人に彼女達は面食らったようだった。
「あ、あの…な、何か御用ですか?」
 世にも珍しい緑の髪の女性がおどおどと尋ねた。
 その様子に頭の冷えたブライはゆっくりと旅人達を見回した。 緑の髪の女戦士に紫の髪の姉妹と思しき女性が二人。恰幅の良い中年の男。
 思い返してみれば聞こえてきた声は女性のものばかりだった。そんなことにも 気が付かないほどに、冷静さを欠いていたとは。ブライは首を横に振った。
「…仲間が重い病に臥せってしまったのです。ご無礼をお許しくだされ」
 緑の髪の戦士がその話に深刻そうな顔で、
「気にしないでください」
と答えた。
「無礼を承知でお伺いしたいのです。あなた方はソレッタから来たんですかな?」
「いいえ。違います。コナンベリーからです」
 それを聞いてブライはやはり馬鹿げた望みだったかと肩を落とした。
「ミネア、ちょっと看てあげたら?」
 紫の髪の露出の多い女が妹の背を押した。彼女は頷いてくれたのでブライは好意に甘えて 部屋へと案内することにした。
 ミネアと呼ばれた女性は意識のないクリフトに近づくと、呼吸を確認し、脈を取り、発熱を確認して、 やはり神父と同じように首を振った。
「…そうですか…」
「ごめんなさい。何の力にもなれなくて」
 会ったばかりの旅人の話だというのにまるで家族の大事のように悲しむ目の前の女性に、 この一件が全て真実であることを思い知らされるようでブライの視界は揺らいだ。
「…先程ソレッタとかって言ってましたけど、どういう話だったんですか?」
 中年の男が先程の話をずっと気にかけていたようで、そう尋ねた。 若い旅人達は皆、一様に真剣な顔でブライの返事を待っている。
「ソレッタにはどんな病もたちどころに治してしまう薬草があるんだそうじゃ…。 今、わが主君の姫様がお一人で取りに向かっております。…先程はあなた方が何か知っていたら、と 思った次第でして…」
「それだったら」
 緑の髪の女性が力強く笑って、連れを見回した。
「そのお姫様のお手伝いをしにいきましょう!」
「…なんと…!」
「ね、その方がいいですよね?あたし達、馬車もあるし、必ず力になるわ」
 仲間達も彼女の言葉に頷いた。
「私、若い男の子には優しいのよ」
「パデキアという薬草が気になります」
 口々に優しく声をかけてくれる仲間達の最後に、ミネアが口を開いた。
「定められた仲間のためですから」
 このときにはブライはまったく意味がわからなかったが、その嬉しい申し出に すぐ出立できるように、壁に立てかけてあった杖を手に取った。
 もう心配をかけられるのはたくさんだ。
「ワシはサントハイム宮廷魔術師ブライと申します。 そして、この迷惑なあほぅがサントハイム神官クリフトといいます」
 調子の出てきたブライの自己紹介に姉妹の二人が、
「私は踊り子のマーニャ。で、妹の」
「占い師ミネアです」
 続いて、中年の男が進み出た。
「武器商人をしております。トルネコです」
 彼らの自己紹介を聞きながらブライは一人一人の手をかたく握る。
 最後に緑の髪の女性がこれから姫を助けるために共に戦う仲間に手を差し出した。
「あたしはクリスティナ」
 ブライは戦士とは思えない、その柔らかい手を握り返す。
「よろしくお願いします、クリスティナ殿」


 彼女達に同行して何より驚いたのは、彼女達が想像以上に腕が立つ者ばかりだということだった。
 正直なところ、頼りないとばかり思っていたが、足を引っ張られるどころか老体を心配されるほどだ。
「ベギラマ!」
 マーニャの繰り出す閃光呪文が敵を焼き切り、ミネアの呪文は優しく傷を癒していく。 トルネコは一見、ふざけているようだが周囲に常に気を配っている様子は流石といえる。
(ワシが逆に足を引っ張ってしまわんようにせんとな)
 唇が震えた。嬉しいからだ。なんと頼りになる旅人にめぐり合えたのだろうか。
 ブライは呪文を唱えた。
「トルネコ殿!気をつけてくだされ!」
 その声にトルネコは身を翻した。
「ヒャダルコ!!」
 青白い氷の刃が魔物を切り裂いていく。先程の閃光呪文よりも殺傷能力の高いこの呪文は 標的としていた数体もの魔物の息を確実に止めた。
 マーニャがひゅぅっと口笛を吹いた。
「やるじゃない、おじいちゃん!」
「ワシもまだまだ現役ですからな!」
 その様子を見て、クリスは頷いた。
「マーニャさん、右の敵のグループを!ミネアさんはラリホーで補助をお願いします!」
 クリスティナの指示は迅速かつ的確だった。成程、リーダーを努めるだけのことはある。
 そして。
 ブライは首をかしげた。なぜだろうか。初めて会ったとは思えないほどに、 何かの縁を感じる。まるで、こうして会うことが最初から決められていたような。
 肌に感じる生まれながらの聖者の持つオーラ。
(…ブランカで聞いた、定めの勇者…?)
 クリスがブライに向かって振り向いた。
「ブライさん!ブライさんは左のグループをお願いします!」
「あい分かった!」
 ブライは彼女に賭けてみることにした。


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