『私が演じるものは何か』
私はこの聖地に少なからず憧れを抱いていた。
小さい頃は噂に聞くこの聖地で祈りを捧げれば、きっと私も救われると思っていた。
「ですが……、実際には少しだけイメージと違っていました」
私はライアンさんにそう話しかけた。会話とは少し違ったかもしれない。彼は私に付き合って話を聞いてくれている。彼は聞き上手で私はつい話過ぎてしまう。
「実際には世に救いをもたらすために私達が奮闘するとは。命じられた定めというものは誠に皮肉なものです」
静まった夜、三日月の暗い月の光を反射する川の水面を連れ立って歩いて眺めながら私達は歩いた。互いに装備もない、人里に馴染む普段着の姿だ。
あぁ、本当に皮肉なものだ。天空の城は勇者様にとっては一秒でも滞在したくない場所であろうが、よりにもよって最後の補給地にこの地を選ばれるとは。
「その皮肉をこの地で聴いたことは忘れたほうがいいか?」
聞き手にまわっていたライアンさんが生真面目に確認を求めている。今日も律儀に演技に付き合ってくれているのだ。
私は足を止めて彼に向き合った。
「どちらでも。……しかし……、どちらかと言えば忘れて欲しいですね」
「そうか」
私は周囲に人の気配がないことを確認した。無意識に天を見たが、一息だけついて人差し指を唇の前に持っていき、内緒だ、と彼に合図した。
「私の剣であり、盾である貴方。こうして話す機会はもうないのかもしれません。だから、少しだけ本音と建て前が混乱してもどうか忘れてください」
ライアンさんはうやむやしく一礼して見せた、
「うむ……。だが、聴くだけは聴かせて頂こう、俺の導(しるべ)」
「えぇ。話をしましょう。きっとこれが最後ですから」
我々の演じる主従めいた喜劇の舞台も、きっとこれが最後です。
私は一礼した彼を祝福して祈った。
しかし。
今日の月夜は仄暗い。
貴方から私は見えていますか。
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