『心の底で求めたもの』



 彼女が私の顔にその唇を近づけた。
 柔らかいその唇が私の瞼に落ちる。彼女の癖毛が私の鎖骨をくすぐった。
「ねぇ、クリフトさん」
「どうしましたか?」
「あたしのこと、愛してる?」
「もちろんです。クリス」
「…本当はアリーナさんしか見ていないくせに」
 拗ねた子供のように呟く彼女の言葉をさらりと聞き流して、行為に没頭した。


 私を見下ろす彼女の体、情愛の痕をなぞるように触れた。温かいその肉体。
「生きているんですよね?」
 唐突な私の言葉に彼女は動きをぴくりと止めた。
「…生きているわ」
「そうですよね。生きているんですよね…」
 私は。

 愛とは何だろうか。この行為は愛なのだろうか。
 愛とは刻み込まれた私の心の刻印-悲しみ-も消してくれるだろうか。
 禁断のこの情事が皮肉にも私が生きていることを実感させる。
 悲しいのも、苦しいのも、心地よいのも、温かいのも、愛しいのも、全て生きているから。


「クリフトさん。その…シャツは脱がないの…?」
 前はボタン幾つ分かはだけさせてはいるものの彼女の言うように脱いだことはない。 言い難そうに言葉に詰まって視線を泳がせる彼女に私は言った。
「脱がしたいのですか?」
「え、その…そうじゃないけど…」
 それでも、彼女は羞恥から頬を赤く染めて小さく頷く。
「駄目です」
 私は彼女の反応を見たくて、わざと冷たく即答した。
「…意地悪ね」
 眉間に皺を寄せて、行為のために火照った頬を膨らませる。想像通りのリアクション。
「貴女がそうさせるのです」
「…あたしのせいなの?」
「えぇ。貴女が私をそう誘っているのです」
 彼女は羞恥に耐えられなくなったのか、私の体の上に伸し掛かった。
 私の耳元のすぐ横でシーツに顔を埋める彼女の声が熱っぽく囁く。
「やっぱり、意地悪」
「そういう言葉が私を狂わせるのです」
「…バカ」
 彼女は顔を上げた。その顔は思っていたよりもずっと挑戦的で-
「だから、貴方はアリーナさんを避けて私とこうしているの?アリーナさんはずっと待ってるのに」

 面白い。挑発に乗った私は強く彼女の体を揺さぶった。

 私の背に焼き込まれた刻印-穢れ-を目にすれば姫様は私を軽蔑なさるでしょう。
 私を捨てるのでしょう。だから、私は姫様にだけは絶対に近づけない。


 それでも、貴女は望むのですか?私の全てを。
「そうするときは…」
 もし、貴女に私を捨てる覚悟がおありなら。
 私を捨てるときは、
「…私が死んでからにしてください」

 


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(痛い恋愛七題:私を捨てるのは)