『心の底から拾い上げたもの』



「明日はついに決戦ね」
 アリーナは赤く淀んだ空を見上げて、そう誰に言うでもなく呟いた。
 希望の祠。そう呼ばれる死の大地の中の一つのよりどころ。 この赤く淀んだ空と死を巻く霧と灼熱の紅いマグマの沸くこの大地で、 そこは紛れも無く人類最後の願いを託す「希望の祠」であった。 清浄な空気と魔物を寄せ付けない天上界の結界の中で、彼らを静かに決戦のときを待っていた。
 アリーナの言葉には誰も答えず、クリスが、トルネコが静かに立ち上がってどこかへと 立ち去った。そして次にマーニャとミネアも。 やがてライアンとブライもマントを翻して歩き去った。

 残ったのはアリーナとクリフトだけになった。
「クリフト。明日、勝てるかな?」
「…勝ちます」
 クリフトははっきりとした確信を持って答えた。
 アリーナは膝を抱えた。
「…私、まだ怖くて…。どうしてかな…。きっと、このときがずっと来なければいいと思ってたんだ」
「…」
「デスピサロと戦って誰かが死ぬかもしれない。負けるかもしれない。勝っても平和は来ないかもしれない。 …そんないっぱいの不安があって、もし、それが現実になっちゃったらって」
「…そんなことはありませんよ」
「だから、だからね。今まで、ずっと辛かったけど、怪我したときは痛かったし、誰かが傷ついて、誰かが 悲しんでいるかと思うと早くこの時を、って思ってたけど」
 アリーナは膝の間に顔を埋めた。
「でも、ずっと楽しかったんだ。…もし、明日、誰かが居なくなっちゃったりしたら。 世界が平和にならなかったら」
 クリフトはすぅっと息を吸い込んだ。
「必ず平和になります。姫様はお城に戻って陛下と再会を喜び合い、領民は姫様のご帰還と ご功績を称え、魔物の侵略に誰も嘆くことのない世界が必ず訪れます。 そうすればブライ様はまた毎日小言を仰って、トルネコさんは家族と幸せに暮らし、マーニャさんとミネアさんは またモンバーバラの人気の姉妹となり、ライアンさんは城で功績に見合う褒章があたえられるのでしょう。 そして姫様は生涯共に過ごす男性とめぐり合うのです」
 クリフトは捲くし立てるよう言った。それでも、静かな口調でアリーナを鼓舞するかのように。
「それがロザリーさんやピサロへの手向けとなります」

 その言葉にアリーナはごしごしと目を擦った。
「クリフト。私はね、ずっと貴方に励まされてきたわ。だから、これから…いえ、何でもないわ」
 アリーナはクリフトへ向けた言葉を首を振って飲み込んだ。
「みんな無事に帰れるわよね?」
 クリフトは微かに微笑むかのように顔を歪めた。
「姫様。どうか、貴女にこれを持っていていただきたいのです」
 クリフトは首もとのボタンを一つ外すとアリーナの手を包みこみ、自らが肌身離すことなく首から下げていた クロスをその小さな手に握らせた。
「…どういうこと?」
「それは姫様の解釈で構いませんよ」
「まさか、貴方は…受け取れないわよ、こんなの」
「…私も男なのでこれ以上は引けません。どうかお持ちくださいませ」
 アリーナはきゅっと下唇を噛むと逃げるように走り出した。

 クリフトはその背に聞こえないように声をかけた。
「さようなら。私のものにならない酷い姫様。卑怯な私をお許しください」








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(痛い恋愛七題:死んでも傍に)