『遠退く理性と、立ち塞がる理性』



 ぼんやりとしていた。
 やはり疲れているのだろう。昨日は朝から夜まで戦闘ばかりだった。 占い師が早々に倒れ、一人で治癒や補助をするには夜は長すぎた。
 ようやく宿屋に着いたものの、ベッドに倒れこむ。もはや動く気力はなかった。
 幸い今日は一人部屋だ。私はだらしなくも寝転がったままベルトを外し、法衣と靴下をベッドの下に落とす。 ボタンを外すと解放感に満ちた。
 本当に疲れた。もうホイミの一つも唱えたくない。
 隣の部屋から聴きなれた商人の大いびきが微かに聞こえてきた。…良かった。今回ばかりは同室でなくて。




 目が覚めると、窓の外からオレンジ色の光が差し込んでいた。
 宿に着いたときは昼だったか、夜だったか。そして、いまは早朝なのか、夕方なのか。 ぼんやりとそんなことを考える。いくら考えても、今がいつなのか分からない。 余程疲れている。もう一度寝なおそうか。そう思った。
 ずれた掛け布団を直そうと手を伸ばす。
「…あ…」
 右手の甲に巻かれた包帯が目に入った。
 激戦の中、私の大切な方が巻いてくれた包帯。
 大した怪我ではない、と申し上げたのに、私を見上げる真紅の瞳。

 ぞくり、と背筋に何かが走る。

 その顔を引き寄せて、あの方が私しか目に入らないほどに顔を近づけて。吸い寄せて。
 その真紅の瞳が涙ながらに解放を訴えて。
 どんなに許しを請われても、離しはせずに。
 敏感なところを舐め挙げて。
 私を飲み込ませる。
 乱暴な衝動そのままに、私のものに。



「私は馬鹿だな」
 手を拭った。自分の独り善がりな情欲には呆れるばかりだ。
 体は今にも死にそうだ、と悲鳴をあげているのに。体と感情はまったく別の動きを見せる。
 しかもその回数はますます増える。この行為は聖職にある者して褒められたものではない。理解はしている。

 判ってはいる。
 私の心の枷が外れたら、私自身もあの方にも何の幸せも訪れない。苦しいばかりだ。 あの方は私のものには決してならないのだから。
 そんな苦痛すらもあの方に与えようとしている。私は愚かだ。
 この情欲は私の心の枷が外れないようにする予防線であると同時に警鐘でもある。
 打ち鳴らされれば打ち鳴らされるほどに、私の枷は崩壊を訴えているのだ。

 こうしている内にもまた一つ。情欲が忍び寄る。







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(漢+カナ七題:警告デイドリーム)