『湧き上がる衝動と、消えうせる衝動』
無粋な女だ。
私はそんな悪態など窺い知られぬように、平然を装った。
「きゅ、急に開けちゃって悪かったわね。まさか取り込み中だなんて思わなくて」
踊り子は珍しく動揺しているのか視線を泳がせている。
原因はわかっている。私自身も突然のことで隠し損ねた手の中のそれだ。
「取り込み中か、そうでないか。そんな判断よりも先に“とりあえずノックして声をかける”という習慣を身につけたほうが話は早いと思いますよ」
「ごめん。悪かったわ。このことは誰にも言わないから」
自分の世界に引き篭もって、己を慰めていたことを、か。なんと浅はかな。我が神よ、これは私が未熟者ゆえに試練を課しているのですか?
「…そうですね」
私は盛大に溜息をついた。
「そんなにショックだった?元気出してよ!お姫様にも絶対に内緒にするから」
別にショックだったわけではない。
盛り上がっていたあさましくもどろどろとしたこの衝動をどうしてくれるのか、だ。
どうせ、どうにかしてくれるわけでもあるまい。とすれば、早く出て行ってもらうことだ。
黙っているなど、大人同士のこと、当然暗黙の了解ではないか。
流石に苛立ちも隠し切れなくなってきた。眉間に力が入っていることを自覚しつつも、ようやく腰元のそれを布団で隠すことを思い出した。
「…ところで何を想像してたの?」
「はぁ?」
無粋な上に何の配慮もないのか、この女は。
踊り子は勢いよくベッドに腰掛けたかと思うと、馴れ馴れしくも話しかけてきた。
「別になんだっていいではありませんか」
私は早くこの場から消えて欲しい一心でぶっきら棒にそう応えた。
「お姫様のこと?」
「……」
忌々しい。
「やっぱりね」
「…だからどうだと言うのです?私の弱みを握ろうとでも?」
「…なんとなく気になって」
踊り子は私の方に頭を向けてうつ伏せに寝転がった。そのふしだらな胸の谷間を強調して私を誘うつもりか。
それとも、少しずつ余裕のなくなっている私を見て楽しむためか。
「クリスは戦いに関しちゃ勇者よね」
「…それで?」
「だったら私は色恋沙汰に関しちゃぁ、歴戦の勇者よ」
「つまり?」
踊り子はにやりと笑った。
「私はあんたがずっとお姫様を目で追っていたのが気になってたのよ。しかも全く進展なし」
無粋で配慮のない女は遠慮もないようだ。
私は何度目かの盛大な溜息をついた。
「…お節介を焼いてくださるというのですか?」
「平たく言うと、そう」
何も今そんな話をしなくてもいいだろうに。
「全くもって余計なお世話です」
「そんなことないくせに。言っちゃいなさいよ。年頃のオトコのコだから欲情してますって」
「その下品な言葉も歴戦の勇者だからこそですか。大変ご立派ですね」
「口の減らない坊やね」
「それも余計なお世話です」
私は苛立ちのあまり、裸同然の彼女の体をせめて視界から消してやろうと布団を一枚投げつけるようにかけた。
「あら、私の“エッチな体”が気になるの?」
「古典のように古いセンスですね」
「わざとに決まってるじゃない」
何を考えているのかわからない女だ。
私は目の前の踊り子を如何にも邪魔そうに見るばかりだ。
「…そろそろ出ていっていただけますか?」
「あ、やっぱり邪魔だった?」
「……邪魔も何も。…犯しますよ」
冗談めいた言葉で出て行ってくれるほど、歴戦の勇者は物怖じしない性格のようだった。
「別にいいわよ。…でも、童貞ならこっちから願い下げよ」
ああ、無粋で配慮がなくて遠慮もない女は恥じらいもないようだ。
「ま、たまには童貞もいいかもね」
私の返事が無いのを勝手に判断して、踊り子は布団の下から這い出してきて、私の布団を剥ぎ取ろうと手をかけた。
…お節介を焼くといって、これか。
そうか。私がよほど女に飢えていると受け取られたわけか。
「私を侮らないでください」
「何よ、急に。あんたから言い出したんじゃないの」
「出て行きなさい。すぐに」
強い口調に踊り子は興醒めしたように、面倒臭そうにベッドから離れた。
「恋愛に臆病な坊やね。そんなんじゃ、いつまでたっても女の子と付き合えないわよ」
「それも余計なお世話です」
バタリと乱暴にドアが閉められた。
完全に萎えた。
人の気も知らないで、よくも煩く喚いてくれた。
また、我慢の限界が近づいた気がする。
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(漢+カナ七題:恋心コントロール)