『暴力は変化し、変化は暴力へと戻る』



「また貴女ですか」
 もう寝ようと灯を吹き消そうとした正にその瞬間だった。 私の言わんとしていることは踊り子もすぐにわかったらしい。
「ごめん!ちょっと酔ってて部屋を間違えちゃって…。でも、今回は取り込み中じゃないみたいだし、ね、許して」
 また問題を摩り替えようとする。
「お詫びにいいことしてもいいから!」
 そう言って私の腕に絡み付いてくる踊り子は確かに酒臭い。
 私は腕を振り払うように振り回すが、踊り子は悪ノリしているのか余計にしがみついてくる。
「誘っているんですか?」
「誘ってんのよ」
 そう来たか。思い返してみれば、前回もこれくらいで引くようなことはなかった女だ。不覚だった。 どんどんと掘られた墓穴は深くなっていく。
「なぜ、そんなにしつこくするんです?」
「別に?したいのに理由なんているの?」
 私は面食らった。
 この女は実は人間の皮を被ったケモノなのではないかと疑ったほどだ。聖職である私は、普段の未熟な行いにすら小さな罪悪感を抱えているというのに。
「もっと、自分を大切にしたらいかがです?」
「なんで?人生一度きりしかないんだし。好きにしたらいいじゃない」
 …同じ人間と話しているような気がしない。この踊り子は阿呆なのではないか。
「それにね。お姫様のことを大切そうに見つめているのに何も出来ない臆病なところが私の恋心を刺激するのよねぇ」
 余計なお世話だと言ったのに。酒臭い吐息から顔を背けた。
「私と姫様の仲を取り持つといった話は?」
「そんなん最初から言ってないじゃない。…代わりに私を好きになればいいのよ」
「そういった告白を受けたのは初めてです」
 私は精一杯の皮肉で返した。
「想像のお姫様相手にするよりは気持ち良いわよ?」
「…問題は“そこ”ではないでしょう?」
「“そこ”から入るのもアリじゃない?」
「それは貴女の色欲を満足させるだけでしょう?」
「乙女の純粋な恋心を何だと思ってるわけ?」
「私が行為をすれば、“落ちる”とお思いで?」
「必ず私に夢中になるわ」
「私の想いを知っている上でそう畳み掛けるとは、貴女は卑怯ですね。私以上に」
 流石に歴戦の勇者を自称しただけあって、私の反論をことごとく潰していく。

 あの方は私の神にも等しい太陽であり、サントハイムの宝だ。
 私は身分の卑しい、太陽に照らされなければ何も出来ない一介の家臣だ。
 踊り子は私を求めてくれる、自由な女性だ。

 あぁ。判ってはいるんだ。踊り子の言葉に溺れた方が私のためでもあることは。
 あの小鳥のときと一緒で、夢中になれるのは幸せだということも。
 もう我慢しなくていいということも。

 なんというお節介だろう。
 この踊り子は全てを理解した上で私に言い寄るのか。

「どうするの?無理強いはしないわ」

 私は尚も揺れていた。

 姫様は私を選ばない。選んだとしても、残されているのは別れという裏切りだけだ。高貴な身分なのだから。
 それに私は聖職者としての高みに上ることを最初から望んでいない。心許せる相手を一生守るという生き方を選ぶことも可能なのだ。
「…貴女は私を裏切ったりしませんか?」
 私の揺れる言葉に踊り子は微笑んだ。

「そんなことあるわけないじゃない。好きよ、クリフト。優しくしてあげるわ」
「侮らないでください。…私を挑発したからには高くつくことを教えて差し上げます、マーニャ」

 枷が外れて流れ出した本流は想定の範囲外に流れ出したが、私はそれを止める術を知らなかった。



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(漢+カナ七題:溺愛ショータイム)