『white』



 つまらない。
 そんな誰もが口にするような感情を、私は生きて来た中でそう感じたことはなかった。
 人生は刺激に満ち満ちている。関心事は尽きない。
 今、神官としてサントハイム城で過ごす生活は、修道院にいた頃とはまた違った刺激がある。

 ただ、最近は。
 少しずつ毎日を退屈だ、と感じつつある。
 姫様を窘め、度々城を抜け出そうとするのを追いかけるのも珍しい話ではあった。
 ただ、それも毎日続くと生き甲斐のない毎日へと変化してしまう。
 贅沢な話だとは自分でも思う。
 虐待を受けてきた自分が今こうして、穏やかで平凡な毎日を過ごせる日が来たことは感謝しなくてはならないことだ。 神に感謝し、姫様に感謝し。しかしやはり、平凡、と感じてしまうのも私が人間だからであろう。

 ……髪でも切ろうか。
 ……新しい趣味でも始めてみようか。
 ……何か目標でも立てて勉強してみようか。
 どれも今の私にとっては魅力的な方向転換だ。さて、どうする。

 新しい趣味。趣味といえばなんだろうか。
 チェス。…いや、先日、 初心者と名乗ったにも関わらず大臣殿を負かしてしまってからというもの、 その言葉を口にするだけで気まずい空気に早変わりしてしまう。手を出すべきではないだろう。
 スポーツ……。それも悪くはないが、一人でできるものではないだろう。自慢ではないが、 同年代の友人と呼べる人間は少ない。これではすぐに出来ることも尽きてしまう。
 ならば一人でもできるもの。乗馬などどうだろうか。悪くはない。 後で馬でも見に行ってみようか。私は気質が大人しい。きっと馬とも気が合うだろう。
 こうして考えてみると、思いつくものがなんとも少ない。 モノを知らない証拠だ。普段から興味をもっていれば少しは違っただろうが。

 勉強はどうだろうか。立派な聖職者となるように神学に、神聖魔法学に励んでみるべきだろうか。
「……それも困るな」
 私はため息とともに前髪をかきあげた。
 あまり勉強しすぎると、巡礼の旅やら各地へ出向となってしまう。
 そうなれば、姫様と会えなくなってしまう。本末転倒だ。

 とりあえず、髪でも切るか。
 私は鏡とハサミを探すべく歩き出した。それに。歩いてみれば、何か思いつくかもしれない。

「あ、クリフト!」
 鏡とハサミよりも先に見つけたのは姫様だった。 なにやらつまらない事があったような不貞腐れた顔で私に声をかけてくださっている。 ……嫌な予感がする。大体、こういうときはロクなことがない。これも定番なのだ。 全く、姫様は生まれもよく、誰からも愛されているというのに何がご不満なのだろう。
「どうかなさいましたか?」
「何かおもしろいことはない?」
 ……私も探しているところです。と言いたいのを堪える。
「そろそろ語学の授業が面白くなってくる頃かと思いますよ」
 本来、この時間は語学の授業の最中のはずだ。
「前もそう言ってたけど、やっぱり面白くないものは面白くないわ」
「そうでしたか。私は最高に面白いと思ったのですが。失礼致しました」
「……もう。そう言って誤魔化すんだから」
「誤魔化してなどおりません。全て姫様のためを思えばこそ!でございます」
 姫様は小さく頬を膨らませた。
「……わかってるわよぉ」
「そう思っていただければ」
 私は姫様を促した。
「あちらが学習室でございます」
「わかってるわよ。じゃぁ、また後でね」
 そう言って、姫様は軽い足取りで駆け出した。
「姫様!屋内で駆けるものではございませんよ」
「はいはーい!」
 はい、は1回。私はそう言うのも忘れてしまった。

“また後でね”…………?



 その日の夜、姫様がお部屋から外へと抜け出されたときいて私は思わず笑みを零した。

「……お望みと有らば」
このクリフト。お供致しましょう。

 時間を割いて考えた趣味の候補は用無しになってしまったが、また明日から違った毎日が過ごせるだろうことに、 私は不謹慎ではあるが期待してしまっていた。





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(一週間七題:何もかも真っ白な月曜日)