『自分の思い通りにならないと気がすまない→yes』
部屋にドアを私は細心の注意を払って、音を立てないように慎重に押し開けた。
私が部屋の様子を伺うとクリスさんがベッドの中で目を閉じている様子が目に入った。
さすがにもう寝入っていたようだ。音を立てないように気をつけたのは正解だった。
私もそろそろ寝ておかなければならないだろう。
明日もまた戦いの旅路だというのに、徹夜などしているわけにはいかない。
自分のベッドに向かおうと、クリスさんの横を通ったとき、彼の髪が目に入った。
…窓の隙間から微かに入る月明かりに輝く彼の髪は、
まるで森の木々のように優しく柔らかい深くも鮮やかな緑。
なんだ。彼の髪だって十分美しいではないか。
私は何気なく彼の髪の近くに顔を寄せた。
「!」
突然に開かれた瞳。あまりにもはっきりとしたその視線。
「おや、狸寝入りでしたか?」
「…寝ようと努力していたんです」
「それはそれは…。驚かせてしまったようですね」
私は起きているのなら、と無遠慮に彼の髪を一房手に取った。
細く柔らかい髪質。
「…なっ…?」
戸惑ったように硬直するクリスさんの慌てた声に、私は応えた。
「…私は自分の髪の毛が唯一、自慢できる点なのです。
それを褒めてくださった貴方の髪も随分美しいのだな、と気になってしまいまして」
私はその髪に口付けた。
「クリスさんは私が苦労しても手に入らないものを持っていて、
しかも私の唯一の取り柄と同じものも持っているんですね」
私は目の前の憎むべき敵を鋭い眼光で威嚇し続けた。
それを至近距離で正面から受け止めながら、クリスさんはようやく一言だけ言葉を発した。
「クリフトさんは誰よりも一番自分のことがわかっていない」
「……私が?」
私は絶句して手にとっていた彼の髪から手を離した。
それをクリスさん本人に言われるなど思いもよらなかった。
私は怒りを必死に抑えて彼に耳打ちするように言い返した。
「…分かっていますよ」
「分かってないじゃないですか。そんなことを言い出すのが一番の証拠-…」
「分かってますよ。私は小さい頃から神に仕え、奉仕した。
神の与えた試練にも打ち勝ち、私は生き抜いてきた。
それなのに、神は私を選ばなかった。
同じ年頃でありながら、私には何も与えなかった。
私には何も与えられなかった。
与えられたのは孤独と不条理、苦痛。そして生命の賭けた試練の数々。
今まで散々この試練に応えてきたのに私は選ばれなかった。
私に残されたのは貴方に嫉妬し憎悪する醜い心のみ」
「…」
「クリスさん。貴方は神官である私よりもずっと優しく慈悲深い。
他者を思いやり、前を見続ける強い心をお持ちだ。
…あなたがいると、私の存在は全て否定されてしまうのです」
「…」
「どうして答えないのです?」
「…」
「本当にあなたは…なんと慈悲深い方なのでしょう」
私は言い切るのと同時に彼の頬に唇を落とした。
「クリスレイド。せめて私のものにおなりなさい」
せめてあなたという存在が私のものであるのならば。
そうすれば、私は自分の存在意義を見出すことが出来る。
無茶苦茶な望みであることは承知の上で私は強く彼に命令した。
「…僕が…?」
クリスさんは理解が追いつかない様子だった。
「でも、クリフトさんはアリーナさんが好きなんじゃ?」
「自分でも呆れるほどに焦がれてますよ。
…命じられればその場で自らの首をかき切ることができるほどに!」
「……」
クリスさんは私の両頬を手で包み込むと、澄んだ青い瞳で私をじっと見つめた。
「いいですよ。…だから、そんな今にも死にそうな顔をしないでくださいよ」
「!」
私は再び言葉を失った。
「ほら、僕の言ったとおりじゃないですか」
私はそれには応えることが出来ず、声も出せないことを誤魔化すために夢中で彼を抱きしめた。
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(狂った七題:狂った果実)