『思いもよらない』



 私は窓の外を見ていた。 薄暗い部屋は外からの光が差し込んでいる。
 火の手が上がるサントハイム城。 砲撃を受け、炎と矢の雨を耐え切ったこの三ヶ月。 穏やかなはずの初夏の夜空を彩る白い雲を終焉の炎が赤く染め上げる。
 魔王と戦って旅をしていたとき、この城は魔物に占領されていた。 それでも、城は美しいままだった。 しかし、今は違う。柱や壁には亀裂が入り、今にも自然倒壊しそうなほど。 城の正門に近ければ近いほどに、それは酷くなっている。 場所によっては破壊兵器によって突き破られていることを報告できいている。
 多くの兵が死んだ。そして敵も。
 私は旅をしている間、こんなにたくさんの人が死ぬところなんて見たことがなかった。
 一番、恐ろしいのは魔物ではなく人間だったのかもしれない。

 もう兵糧も尽きた。
 私を守る近衛兵もいない。
 独りきりの謁見の間の玉座。
 お父様は先月に病死した。跡を継いで兵を率いたのは私。 戦況は決して勝るものではなかったが、ここまで急激に押さえ込まれるだなんて思ってもみなかった。
「やっぱり、とんだ伏兵だったわ」
 私はたった一人でやってきた敵兵にそう声をかけた。
 暗がりから顔を見せたのは私の良く知っている青い髪と蒼い瞳。 ずっと旅を共に続けた、気心の知れた神官。
「…ハーゲンはどうしたの?」
「先程、死にました」
 そう。残った兵を率いる近衛兵長ももういないのね。
「……ブライは?」
「……大変、惜しい方を亡くしました」
 クリフトは静かに答えた。
「優秀な魔法使いだったわ」
「えぇ。あの頃の私では勝てなかったかもしれません。 …しかし、時間とは非情で残酷、誰にでも平等に降り注ぐ災いに他なりません」
 私は目を伏せて、再び窓の外で燃え盛る炎を見やった。 今朝まで私の隣でこの炎を一緒に見つめていたブライ。 あなたは何を思って私の側に控えてくれていたのかしら。
「ブライにはもっと平穏な余生を送らせてあげたかったわ」
 魔王との戦いが終結した直後にサントハイムを襲った天災と、後を追いかけるように起こった不景気。 暴動を沈め、対策に命を賭した日々。
「…こうして、今までいくつの国が滅びていったのかしら?」
「歴史のお勉強をちゃんとなさっていれば、わかるお話ですよ」
「本当よね…」
 クリフトの言葉に私は苦笑した。 内戦が起こる前と同じ会話。…今ならわかる。 私はこんな会話が、日常が好きだった。永遠に続くと思っていた。
 こんな何気ない会話を“クリフトとするのが好きだった”。




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(恋する七題:溢れる恋)