『あなたからの』



 懐かしい仲間である私の訪問に、彼は家族を別の部屋へと引き下がらせた。
「ポポロ君、大きくなりましたね」
「…クリフト君が最後に会ってから5年が経ちますからね。子供の成長はあっという間。 もう少し遅くてもいいんじゃないか、って時折寂しい気もしますよ」
「お父さんの気持ちですか?」
「クリフト君もお父さんになればわかりますよ」
「そうですか」
 妙な緊張感が漂う。私が出されたお茶に手を出さないのを見て、彼は気まずそうに笑った。
「…遠慮せずにどうぞ」
「…すみません。実はずっと不眠症に悩まされてまして。お茶はなるべく避けているんですよ」
「そうなんですか、それは困りましたね」
 懐かしい仲間であるトルネコさんは、大げさに天を仰いだ。
「代わりにお水を持ってこさせましょうか?それともホットミルク?」
「いえ、お気遣いなさらず」
 言うが早いか立ち上がったトルネコさんを慌てて座らせた。
「…環境が変わったのが原因かも、とは思っていましたが」
 そう呟いた私に、彼が顔色を変える。その様子を見て、私は一言付け加えた。
「あぁ、魔王を倒す旅から、また普通の生活に戻ったから、ということですよ」
「なるほど!あの頃は毎日緊張の連続でしたものね。 わたしもいまだに、ちょっとした物音で夜中に目が覚めてしまうことがありますよ!」
 ホッとしたように大声で笑うトルネコさんに私も応じるように笑う。
「…トルネコさんもそうでしたか。なんだか、安心しました」
「そうですよ。何の不思議もありませんよ」

 目の前の手付かずのお茶が冷えてきた。
「最近、どうですか?サントハイムは物騒な噂をききますが」
 トルネコさんの問いかけに私は首を傾げて笑った。
「…こっちまで評判なんですか?」
「えぇ。なんでも、サントハイム軍が大ピンチだとか」
 私は確信している。
 目の前で道化を演じているこの商人は全て理解している。 私が一人でここに来た意味も。 私がサントハイムに造反したことも。 そうでなければ、先に私の言葉に動揺したりなどしない。
「アリーナさんやブライさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。“まだ今のところは”」
「そうですよね。アリーナさんはお強くて人望もありますし、ブライさんは亀の甲より年の功。 “クリフト君も優秀な家臣”ですもんね」
 大狸め。埒があかない。
 私は持ってきた紙の束を机に広げた。細かい字の羅列。 トルネコさんが、しまったというように僅かに眉を歪めた。
「…トルネコさん。私は今日、あなたにお願いがあって来ました」
「……おや、何でしょう?」
 回りくどい会話はかわされてしまう。
「単刀直入に申し上げます。 “サントハイムに武器を納入するのを全て停止して、ロゼスティールに搬入していただきたい”」
「……」
 トルネコさんは鋭い目つきで返事に替えた。
「…わたしは信じていましたよ。クリフト君がアリーナさんを裏切るはずがない、と」
「私はトルネコさんを立派な現実主義者だと思ってましたよ」
「…」
 相変わらず私を睨みつけ続けるトルネコさんに私は語った。
「…民衆の心と時代の流れは確実にロゼスティールに向かっています。 このまま戦いが長引けば、犠牲は大きくなるばかり。 私に出来ることは、せめてこの戦いを早く終わらせること。 どうか力を貸して欲しいのです」
 それでもトルネコさんの姿勢は変わらない。
「クリフト君は大した理想と大義名分をお持ちだ。 しかし、わたしはクリフト君が思っている以上に義理を大事にするんだよ。 わたしが武器を売るのは“買う人が大切な人を守ることができるように”というのが信念ですからね」
「…成程」
 彼はこう言えば心が動くと思っていたが、私が思っている程に容易くはないようだ。
「偽善はお止しください、世界一の武器商人殿。 武器とは人を傷つけるもの。あなたがどちらに武器を納めようと、 結局あなたの尽力で人の命が失われるのが加速しているのです。 それがあなたの生業とあらば、せめて未来のあるお客についた方が為になりますよ」
「わたしは売上をサントハイムだけに依存しているわけではありません。 ご心配ありがとう。 それにロゼスティールさんとは長いお付き合いはできなさそうですがね。 だから、言い方を替えたところで理念は曲がりませんよ。クリフト君のようにはね」
 付け加えられた皮肉に私は聞こえないように舌打した。
 彼にも負けない程に大げさな動作で頭を抱えて見せる。
「どうしても私の言葉ではトルネコさんにこの気持ちは伝わらないようですね」
「…そのようだね。お引取りください」
 …。
 そんなに罪をかぶりたくないのならば、私が一手に引き受けましょう。 世界一の偽善者殿。
「ならば、この気持ちを歌に乗せてみましょう」
「?」
 突然、切り替わった話にトルネコさんは私の様子を伺っている。
 私は歌った。
 高らかに。誇りあるサントハイム国家の旋律に乗せて。
 十分過ぎる程にこの詞を知っている彼の顔色がさっと変わった。
「…息子と家内を人質にとった、ということですか?」
 彼の言葉には応えずに歌い続けた。
 荘厳な調べに“魂を刈り取る呪文を乗せて”。

「…もう止してください」
 ようやく私は歌うのを止めた。
「心変わりがありましたか?」
 彼は青い顔で血を吐くように呟いた。
「…ロゼスティール家には力を貸せません。しかし、サントハイムに力を貸すこともしません」
「そうですか。心をこめて歌った甲斐がありました!」
 …それだけでも、十分。最初の要求が伝わればそれが一番だったが、最低限の目的は果たせた。
 世界一の武器商人トルネコ。あなたはもっと身分に合う用心をするべきだった。 ロゼスティールの反抗旗であるこの私と対面するべきではありませんでしたね。 人の良い大商人よ。私を旧知の仲だと信じたことは大いに利用させてもらった。
 一方的に私達に有利な念書に彼のサインを貰うと、 厄介者である私は早々に立ち去るべく背を向けた。恨みがましい視線を背中に受けながら。
「クリフト君はアリーナさんのことを愛しているんじゃなかったんですか?」
 ……。
「眠れないほどに焦がれて、自分だけのものにしたいと思うこの気持ちが愛だとするのならば。 私は誰よりも姫様を愛しています」



 私は夜空を見上げた。エンドールの街から見える月もサントハイムと変わることはない。
「…同盟国スタンシアラはもうない。友好国エンドールにも見捨てられ、 サントハイム王は破傷風により病死。たった今より武器防具、支援物資の補給も断たれた。 さぁ、姫様。姫様の駒はあとわずかですよ」
 帰り道。
 月の影に姫様を重ねて私はそう語りかけた。





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(例えば七題:嘘を信じていたら)