『炎の』
私はサントハイム城近くに設営された陣営の中から炎の上がる城を見ていた。
何をするでもなく呆然と。
サントハイムの軍勢は勢いを衰えさせ、統率を失って散っている。
…今日、この内乱も終結するだろう。
宣言通り、二ヶ月以内に納めてみせた。
「本当にお前は呪いという名の祝福を受けて生まれたようだな。curse of the beast(神からの嫌われ子)」
「…その不本意な仇名で私を呼ぶのは止していただきたい」
私は陣中に横柄な態度でふんぞりかえるロゼスティール将軍にきつい口調で言い返した。
せいぜい今のうちに笑えるだけ笑うといい。
無能で無知な将軍。教会の傀儡。近い将来に新たな指導者に取って替わられる日まで。
彼の目の前のチェス台に歩み寄ると、私は何も臆せずに駒を二つ奪い取った。
「何をする。まだ勝負はついてはいないだろう?」
「勝負などとっくについていましたよ。あなたは最初の一手から負けていたのです」
私は奪い取った駒を手に持ったまま、さっさと彼に背を向けた。
「何処へ行く?」
「残っている魔術師と剣聖。そして虎を討ち取りに」
「まさか一人でか?」
「その通りです」
ギエル枢機卿が愚かにも私に剣を向けた。
「お前一人だと彼らを逃がすかもしれん」
「…では、お聞きしましょう。魔王を倒した導かれし者とサントハイム一の剣聖。
彼らと対等に剣を交えることが出来る兵が他にいると?つまりは足手まといなのですよ」
枢機卿は悔しそうに切ることなどできない鈍らの鋭い剣を納めた。
私には彼らに為し得なかった実績がある。誰も私に口出し出来る筈もない。
立てかけてあったはぐれメタルの剣を背負った。
今日この日切るのは魔物ではなく人間。私は最初で最後の戦場に向かった。
見慣れた筈の見慣れない場所。ここは姫様が嬉しそうに散策していた庭園。
花の変わりに転がる兵士の亡骸とあちこちで咲き乱れる炎の花弁を踏み越えて、私は城内へと進んだ。
良く知った間取りの城内。私は自分に与えられていた執務室の前を通ったとき、
何となく気になって覗いてみた。
目に入ったのは本棚。ベッドも戸棚も。カーテンも。
元からそんなに広くはなく、荷物も少なかったが…そこは意外にも、荒れることもなくそのままにされていた。
この内乱で一番の裏切り者の部屋を放置しておくとは、サントハイム軍のやり方はなんと温いのだろう。
私は思わず苦笑いした。
「…!」
誰かが近づいてくる気配に剣を抜く。
苦しいまでに肌に伝わる重圧感。ブライ様か兵長か。
否、このしっかりとした足音は兵長ハーゲンに違いなかった。
「お久しぶりです。兵長」
対面した兵長は片目を失っていた。
「元気そうだな。しかし、クリフトは俺をいつでも驚かせる」
「そうですか?」
城に来たばかりの私の面倒を親身に見て、
いつでも励ましてくださった近衛兵長の変わらない笑顔。
「そうさ。何も知らない坊やが魔王と倒した英雄になった。
そして、今は指揮官として俺達を打ち負かした」
私はその気さくな笑顔に笑顔で返した。
「私に剣を教えてくださった大恩師。
その恩と感謝は今、全力を以ってあなたと戦うことで示したい」
「いいだろう。かかってこい、クリフト」
ハーゲンは使いこまれた槍斧を構えた。
謁見の間に向かう前の広間に老魔法使いが佇んでいた。
偏屈そうなその強面の奥に、誰よりも優しい心を隠していることを私は知っている。
そう良く知っている。
「兵長を倒しても、まだ手傷すら見せんか。さすが、国一番の癒しの術の使い手じゃな」
「…ブライ様には敵いませんよ」
私は肩を竦めた。
「なぜ姫様を裏切った?」
「……私は神に仕える身。教会につくのは当然でしょう」
「それだけには思えんがな」
溜息をついたブライ様に、私は剣を向けた。
「さぁ、ブライ様。私と力比べです」
静かになった周囲に、あちこちから全てを舐める炎の歓喜の泣き声が響いていた。
人間の血に汚れた剣。
私はこのサントハイムでたった二人の、“私をcurse of the beastと呼ばない人間”を切り捨てた。
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(例えば七題:奪い去っていけたら)