『浄化を』



 謁見の間の扉。
 この向こうに姫様がいる。猛り狂う聖なる城を支配する虎姫。
 私はずっと、姫様と戦ってみたかった。

 扉を開けると、窓の外からの赤い光に照らされた女王の姿があった。
「やっぱり、とんだ伏兵だったわ」
 姫様の赤い瞳。私を敵とみなした誇り高き女王の目。 さすがは姫様。私はそんなあなた様を尊敬していた。
「…ハーゲンはどうしたの?」
「先程、死にました」
 私が殺した。
「……ブライは?」
「……大変、惜しい方を亡くしました」
 私が殺しました。
 姫様は僅かに瞳を震わせたが、気丈に話を続けた。
「優秀な魔法使いだったわ」
「えぇ。あの頃の私では勝てなかったかもしれません。 …しかし、時間とは非情で残酷、誰にでも平等に降り注ぐ災いに他なりません」
 それだけではない。ブライ様は本気を出さなかった。 …そんな優しい魔法使いを私は斬った。
 私の言葉に姫様は顔を背けて、窓の外を眺めた。
「ブライにはもっと平穏な余生を送らせてあげたかったわ」
 私も同じ思いだった。共に戦って旅をしてきた頃から、ずっと。 それを終わらせたのも、また私。
「…こうして、今までいくつの国が滅びていったのかしら?」
 姫様が諦めたかのように俯く。
「歴史のお勉強をちゃんとなさっていれば、わかるお話ですよ」
 ほら。私はずっと、そう進言していたではありませんか。
「本当よね…」
「お勉強は大切だったでしょう?」
 この戦い、私の勝ちだ。確信した私は穏やかに微笑んで見せると 剣を納めた。
 きっと負けず嫌いの姫様のこと、 覚えていらっしゃるに違いない。私はロゼスティールから奪い取ったものを探った。
「…昔、幾度か姫様…いえ、陛下とチェスの勝負をさせて頂きましたね。覚えていらっしゃいますか?」
「覚えているわ」
 再び私と向き合った姫様に向けて言い放った。
「…私は一度も陛下には負けなかった」
 拳を前に突き出すとそれを落とした。 ガラスのビショップとクイーンが大理石の床に跳ねた。
「チェックメイトです」
 これで、ゲームは終わり。

 陛下はただ静かに私をじっと見ている。 負けを確信して、私がどうするのか様子を伺っているようだった。 もしくは反撃の機会を待っているのかもしれない。
 さぁ、何か言ってください。陛下。それとも、今すぐに私に殺されたいのですか?
 私が待っているのに気が付いたのか、陛下がゆっくりと口を動かした。
「最後に聞かせて。…クリフトは何故、私を裏切ったの?」
 なんと悲しい顔をなさっているのですか、陛下。 心を抉る直球の質問に私は唇が震えた。
「結果的に私は陛下とこのような形で再会することになってしまいましたね。 …しかし、私も聖職につく者。国家権力と教会勢力との争いになれば、どちらにつくか。 これは私にも陛下にも制御できるものではありません」
 私はブライ様に返答したのと同じように返した。
「だけど、あなたはこの戦いが始まってからずっと表に出てくることはなかった。 あなたが前線に現われて戦況はひっくり返されたわ。…どういうこと?」
 …。
 私はきっと、敵が姫様でなければこの戦いには最後まで参加しなかった。
 私はサントハイムが敗れるだろう、と確信したときに戦いに参加する気になった。
 時代の移り変わりだとか、民衆の生活だとか、それぞれの勢力の損益など、 最初から何も考えていなかった。
 私はきっと最初から、姫様の命を他の誰かに盗られたくなかった。
「…それは、きっと。私が陛下のお命を頂きたかったのでしょう」

 私の言葉に陛下は目を見開いたまま、立ち尽くしていた。
「…そうね。どうせ、討ち取られるなら、あなたがいい」
「……」
 陛下はドレスの裾の中から隠し持っていた短剣を取り出すと、 無抵抗の証に私の足元に放ってよこした。甲高い音を立てて、装飾の施された短剣が落ちた。
 私は黙ってそれを拾い上げた。

 自分の死を意識しながら、私を死神に選んでくれるという陛下に何も声をかける言葉が見つからなかった。
 



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(例えば七題:恋を忘れていなかったら)