『そうそう』
城での生活も過去の話。私は一年程前に姫様とブライ様と共に旅に出た。
サントハイムに降りかかった大いなる災いを退け、栄光ある聖なる丘に再び光が差す日を呼び込むために。
その旅の中、きっと私は疲れていたのだろう。私は病に倒れた。
高熱にうなされた頭は、私が果たして夢の中にいるのか、現実にいるのかすらも判断することを許さない。
私は横になっているはずなのだが、感覚は頭を下にして吊るされているかのようだ。
混沌とした意識は黒い闇の中を漂っている。そろそろ死ぬのかもしれない。私はそう感じた。
『人を憎んではいけないよ』
サントハイムの城と共に、行方不明になっているはずの神父様の声が聞こえて、
私は反射的に思った。
(はい。人を憎みません)
口が微かに動いたかもしれない。そんなことすらも、今の私には確信が持てなかった。
『人を愛して生きるのだよ』
(はい。私は全てを愛します)
次に聞こえたのは少女の声だった。
『……でも、今まで人を呪って生きてきたのでしょう?』
(…………)
『殺したいって思ったことだって、あるのでしょう?』
(……あなたは誰ですか?)
少女の声は私の戸惑いに答えた。
『わたしはタナトス。……そして、あなたもタナトス』
(死と破壊の本能……?)
『そう。誰しもがそう。分かっているのでしょう、curse of the beast~thanatos~(あなたも)?』
(……分かりません。私は全ての生命を愛します)
私は胸がざわつくのに、気が付かないふりをして、そう答えた。
『誰しもがタナトスに向かっている。エロス(愛と生存への本能)にしがみ付く振りをして。
他の人を愛していると自分に言い聞かせて』
(……)
『あなたもタナトスの申し子。だって、あなたは必死に生きているのだもの』
(私は……)
認めたくない。思わず言葉を濁らせた。
『さぁ、歌いましょう、高らかに。タナトスの言葉を!』
私は突然、霧が晴れていくかのように頭が冴え渡るのに気が付いた。
目を開けば、そこには今にも泣き出しそうな姫様の姿。
「クリフト、助かったのね。目が覚めて、本当に良かった……!」
「姫様……」
私は一命を取りとめたことに気が付いた。
「クリフト。この方達があなたを助けてくれたのよ」
姫様が緑の髪の女性と、紫の髪と褐色の肌の二人の女性、太った商人を紹介した。
ブライ様も彼らの後ろで、何度も頷いて見せている。
「これから、一緒に旅をすることになりました。あたしはクリスティナ。
よろしくお願いしますね。クリフトさん」
握手を求めて差し出された手を素直に取って、私は微笑んだ。
「私はサントハイムの“神官”クリフトと申します」
そう名乗った私は、随分と晴やかな気分だった。
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(色彩七題:少女ノワール)