『かいほう』
ミントスで目覚めてから、気分が晴れていた。
今思えば、何年もの間、ずっとどこか無理をしていたような気がする。
そういえば、病に冒されている間に何か重要なことがあったような気がするが、それを思い出すことはできなかった。
そして、勇者様に同行すると姫様がご決断なさった以上、私はそれに関して反対することもない。
新しい仲間達に反発する理由もない。私は忠実に、そして従順であった。
サントハイムを救う旅であるが、新しい仲間を助けるためであれば、
キングレオ大陸への寄り道も、人助けだ。私は当然のように従った。
キングレオ大陸へと向かうために、ミントスの街から船へと向かう馬車での道中、私は新しい仲間達と会話する機会を得た。
姫様と会話する褐色の肌の姉妹。
二人は姉をマーニャ、妹はミネアと名乗った。
「随分とひ弱そうな神官君ね」
「姉さん、失礼でしょ!」
病気になったのは私の未熟が所以であり、また病気になって少し痩せてしまったのも真実。
私はさして気にせずに笑った。
「手厳しいお言葉ですね。猛省致します」
「クリフトっていったっけ?」
「そうです」
マーニャさんが確認するのを、私は即座に肯定した。
「あんたは本当に幸せ者よね。……あのときのアリーナの顔、見せてあげたかったわ。本当に泣いちゃいそうでさ」
真意が分からず、私は戸惑って姫様を見た。
「そ、そんなことないわ」
赤くなって俯く姫様。
「姉さん!」
「ミネアだって、気になったでしょ?かわいかったもの!」
「でも、からかうのは良くないわ」
二人の会話を打ち切るように姫様が言った。
「クリフト。これから、新しい仲間とマーニャとミネアの故郷を救うために戦うのよ。がんばりましょうね」
「お二人の故郷なのですね。私も全力でお力添え致します」
私の言葉に、ミネアさんが苦い顔をした。
「ありがとうございます。でも、気をつけてください。……バルザックとキングレオ。本当に強力な敵です」
マーニャさんも同意するように頷いた。険しい顔で、殺意に満ちた目で。
「私達の仇なのよ……。今度こそ殺してやるわ」
「二人とも……」
姫様が二人の豹変振りに、私に助けを求めるかのように言葉を失った。
私は戸惑うことなく、二人に言った。
「それはさぞかし憎い仇なのでしょうね。……“一刻も早く倒しましょう”」
「!?」
姫様が驚愕して私を見た。信じられない、とでも言うように。私は何か失言しただろうか。
心中、首をかしげた。
「魔物です!」
馬車を先導するクリスさんが大声を張り上げた。
示された方向には、金属の体を持つサソリの魔物、メタルスコーピンが。
「よーし、私の必殺の呪文をお見舞いしちゃおうかしらね!」
マーニャさんの魔法力が集中される横をすり抜けて、私は魔物へと向かって歩いた。
「クリフト!?巻き添えにするわよ、下がってて!」
マーニャさんの狼狽した声など、私は全く聞いていなかった。
脳裏に、自然と言葉が浮かんで来る。
……さぁ、歌おう、高らかに。タナトス(ザキ)の言葉を。
背中が熱くなった。
「?……私は……」
我に返ってみれば、眠るように死んでいる魔物の死骸が転がっていた。
「クリフト……!」
姫様が私を唇を震わせて、見つめている。
なぜ、そんなに青い顔をしているのだろう。私は姫様に何か心配をかけるようなことをしているのだろうか。
「クリフト!」
馬車から這い出してきたブライ様が厳しい声で私の名を叫んだ。
こんなに怒っているような、問いただすような口調で、私はブライ様にこんなにも険しく呼ばれたことはなかった。
体が硬直したような気がした。
ブライ様が私のすぐ目の前まで歩み寄ると、深い視線で私を捉えた。
「クリフト。今、お前さんは何をやったかわかるか?」
「……いえ、気が付いたら……魔物が……」
私はしどろもどろに答えた。…そして、ようやく私は気が付いた。
魔物の死を望み、私の呪文で殺したということを。
ブライ様はしばらく黙って考えているようだった。そして、深いため息と共に、吐き出すかのように言った。
「クリフト。お前さんは“全ての人を愛しなさい”」
「…………」
神父様と交わした、いつもの問答だ。私は何度か瞬きした後にそう気が付いて、自信を持って答えた。何の疑いもない、ただ真っ白な感情で。
「はい。私は全てを愛します。……我らが神の全ての敵以外は」
ブライ様が表情を驚愕の色に染めたのも、あまりにも気分が良かった私は気が付かなかった。
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(色彩七題:白は壊れたね)