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『さいかい』
私は言い聞かされ続けてきた。
『人を憎んではいけません。人を愛しなさい』と。
サントハイムの神官となってから、私はその言葉を頑なに信じ守り続けてきた。 しかし、それは違う。人は死と破壊の本能を持っている。 人を一切憎まず、愛し続けるなど土台無理な話。私はようやく気が付いた。
私の生まれた修道院の宗派は異端と呼ばれていた。
なぜか。それは死を招く宗派と伝承があるからだ。 かつて、神は修道院の創設者である聖グレゴスに“死を与える力を持つ使途の紋”を与えたという伝承があった。 その伝説を継承する大人たちは、風習に従って、成人した徒の背に証を焼き付けた。 大いなる信仰とともに。その姿と風習が、他の宗派の目に異端として写ったのだろう。
しかし、実際、私があの修道院で何年もの間を過ごしてきたが、死を招く力など持った人間などいなかった。 所詮は伝説にすぎない。そう思ってきた。
死を招く力を受けることがない以上、証を背負うなど、意味のない風習だ。 そうであるにも関わらず、まだ幼い頃に私の背には刻印を刻み付けられた。 それは私が修道院に訪れた多くの死と共に生まれた災いの子であるから、と 虐待を目的に戯れに行われたものだ。戦慄の呪いの番号と共に。 curse of the beast(不幸と獣の呪いを受けて生まれた災いの子)の徒名と共に。
それが単なる伝説でなかったことを、私はようやく理解した。
そう、この証を背負う風習も意味のないものではなかった。
サントハイムの城に来たあの日。ブライ様はこの背の刻印を見て、すぐに真相に気が付いたのだろう。 死の禁呪ザキの呪文書であることに。これこそが、死を招くタナトスの具現化だったのだ。
『人を愛しなさい』
そう言い聞かせ続けて、皆で私を洗脳してきた。 甘い甘いエロス(愛と生存の本能)に開眼させ、私が禁呪に目覚めることのないように。 事あるごとに繰り返された問答によって、私は偽りの価値観を植え付けられていたのだ。
城の中で私を生活させるには、さぞかしこの事実は脅威であっただろう。 私がこの力を自在に操ることが出来たのならば、重臣や姫様はもちろん、陛下であっても、いつでも殺すことが出来るのだから。
ブライ様は今、私のことをどんなにか忌まわしく思っているだろうか。 私が自由に“死を与える力を持つ使途の紋”を扱える境地に達したことは想定外だっただろう。
だから、ブライ様と姫様は今、私を説得しようとしているのだ。
「その呪文はもう自由に出来るのか?」
「はい。その通りです」
私は躊躇いなく答えた。
「今日も何度もこの力で姫様、そして勇者様のお力になることができました」
「……クリフト……」
姫様が肩を落とした。かける言葉が見つからないようだった。 それもそうだろう。私はお二人の命を狙うどころか、常に忠実である。 そして、姫様のために戦っている。勇者様のお力になっている。 即ち、神の導きに従っているのだ。どこに咎められるような要因があるだろうか。
「……ご安心ください。私はこの力で人命を奪うようなことは致しません」
「……そうか……」
ブライ様が疲れたように溜息をついた。
「……」
ブライ様の意気消沈する様子に口を閉ざした。 さて、どうしたものか、と考えていた私の腕を、姫様が懇願するかのように掴んだ。
「クリフト、お願い。そんな恐ろしい力を使うのはもう止めて。 ……それとも、あなたは本当にcurse of the beast(死の使い)なの?」
「……姫様……!?」
私は声を荒げた。姫様までもが、その名を口する日が来るとは思っていなかった。 私は衝撃から、瞳を床に落とした。 姫様は、姫様だけは私のことを“クリフト”と思って、その名を口にする日は来ないと思っていた。
しかし、姫様が私のことを“死の具現化”と呼ぶのならば、 私はそれで構わない。私はcurse of the beast(死を与える力を持つ姫様の部下)でいい。
「お願い。その力のことは忘れて元のあなたに戻って。大丈夫だから。私が守ってあげるから」
私は衝撃を受けていた。しかし、同時に何か吹っ切れたようだった。
「姫様。私は、貴女様の為に“死にたい”のです」
明快に。そう。ただ、死ぬ目的と意味を見つけたのだ。
死と破壊、暴力の本能と意思。
私は強く強く願った。姫様の為に“死にたい”、と。
それが私の真の願いなのだとすれば、私は深く深く死を求める。 そして、同時に死を望む。姫様の邪魔者は全て消えてしまえばいい。
思い返してみれば、以前にも同じ事を強く願ったときがあった。 あのときに私の目の前で消えかけた生命を目の当たりにしても、まだ、この力の片鱗だと気が付くこともなかった。 しかし、今確実に手に入れた力と、この激しい破壊衝動が私の本性だというのであれば、私は全てを受け入れる。
curse of the beast~thanatos~
タナトスの申し子。この不本意な徒名も全て。
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(色彩七題:デッドイエロー)