『せいめい』



 旅をしている時間も随分と長いものになってきた。 私はお二人に宣言した通り、常に忠実であり、禁呪を人になど向けなかった。 完全に制御下にあるこの力は、以前のように無意識に暴走させるようなこともない。
 姫様は私に僅かに遠慮するようになった。 そんな私を恐れているのかもしれない。 少なくとも、私と言葉を交わすときに、姫様が視線を逸らすことが何度かあった。
 ……それも仕方のないことなのかもしれない。 私は死と破壊の本性を抱いていることを知ってしまったのだから。
 ガーデンブルグへと向かう道中、野営する馬車の外。私は不寝番として、静寂の闇の中に座していた。 煌々と燃える炎の灯に照らし出されて、 よろよろと魔物が姿を見せた。 すでに戦う力すらもないだろうボーンナイト。 昼間に姫様の攻撃に倒れ、従える馬すらも失った騎士の死霊だ。 今にも崩壊し、崩れ落ちそうなヒビの入った骨格の体を引きずって炎の下へと這いずってくる。  私は特に臆することも、警戒することもなく、じっとそれを観察していた。
《……なぜ、攻撃しない……?》
 空気を震わせて鼓膜に直接響くかのような低い音。 答えは単純だった。すでに攻撃するまでもなかったからだ。
 しかし、おもしろいこともあるものだ。 まさか、魔物と対話する日が来ようとは。 私は妙に気が引かれて、魔物の問い掛けに応じた。
「……興味があったので」
《……ほう……?》
「あなたは死んだ者。そうですね?」
 私は尋ねると、死霊は答えた。
《……そうだ……》
「教えてください。あなたは死んで、何を思って、この世に魔物となってまで留まったのですか?」
《…………生きていたかったからだ…》
 炎へと向かって引きずっていた足が折れて、がくり、と死霊の体が傾いた。
「死こそ、解放ではありませんか?」
《……そうだな。地獄の理に捕われてしまった今なら、そうかもしれん……》
「……あなたはどうして、生に拘ったのですか?」
 死霊は腕を突いた。その腕すらも脆くも崩れていく。
《……死にたくなかったからだ……》
 答えになっていない、その返事に私は溜息をついた。
《……人間よ。わたしはようやくここに来た意味に気が付いた……》
「?」
 大地に散らばっていく骨の中、頭蓋骨の暗い眼窩の奥の赤い光が私を見据えた。
《……わたしは、死に捕われている貴様のような人間と話をしてみたかったのだ……》
「…………私もお話できて嬉しいです」
《……せいぜい、足掻くがいい、人間よ……》
 少しずつ、声が遠いものとなってきた。
《……名を教えてくれ。わたしの最後の言葉を聴く者の名を……》
 私は座したままに応えた。
「クリフト」
《……ありがとう、クリフト。わたしはアルフレッド。カタリナの夫だ……》
 それっきり、言葉はなくなった。 あたりに散らばる骨と生命への賛歌のみを残して。炎が赤く、そして闇の紺が交じり合った色で骨を照らしている。赤に紺が交じり合って侵食していく様は、刹那に彷徨う彼のようだ。
 私は物と化したアルフレッドの亡骸の一部を拾い上げた。 あぁ、なんと不幸な男だっただろうか。 しかし、ようやく解放の時を得ることが出来たのですね。
 私は祈った。哀れな男アルフレッドの為に。魂の安息を。
「……さようなら。アルフレッド」
 そして、星を見上げて私は嘆いた。
 早く私にも解放と救いを。

 私はCurse Of the Beast。願いという本能を押さえきれず、渇望する人間の神官。
 私は~thanatos~。(死へと向かう本能を抱き、)
 私は~imprisonment~。(魂は捕われ、)
 私は~insomnia~。(安息すらも許されない。)
 私は~despair~。(救いようのない絶望に打ちひしがれ、)
 私は~rapture~。(闇に捕われる快楽に生き、)
 私は~paranoia~。(ひたすらに求め続けている。)
 どうか~catharsis~を。この魂に救いと浄化を!

 誰も私を救うことなど出来はしない。
 私は神すらも呪って生まれた子供なのだから。

 そうでしょう、アルフレッド?


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(色彩七題:マゼンタラブソング)