アリーナとクリフトは驚いた。
彼女達が馬車のみならず、船まで所有していることに。
「いつまでそこで眺めてるのかしら?」
船上での見張り番は交代制だ。
マーニャはマストで出来た日陰に腰を下ろしたまま何をするでもなくじっと見つめ続ける神官に苛立ちを隠さずに、そう問いかけた。
「あんたは病み上がりだから、当番は無しよ。船室に戻ったらどうなの?」
クリフトがようやく口を開いた。
「…失礼しました。これから共に戦う仲間の方の実力を拝見しようと思って来たのですが、あまりにも美しい女性だったので
なんとお声をかけたらよいのか戸惑っておりました」
「…本心からだったら嬉しいわ」
マーニャはふん、と鼻で笑った。そんな様子に動じず、クリフトは挑戦的に笑って彼女を見上げた。
「ほら、私なんかに気をかけずに魔物がいないか気にしていないと…」
船首の方が慌しくなった。
「…困ったことになりますよ」
慌てて船首の方向を確認すると妹のミネアが海中に魔物の群れを発見したらしく、
真空呪文を唱えているのが見えた。
「ミネア!」
「姉さん。こっちは大丈夫だからそっちの敵をお願い!」
指差された方向にマストの間を飛び回る魔物の影。
空中を泳ぐエイの形をした魔物がその刃のごときヒレを陽光に煌かせた。
「わかった!」
すぐに中級閃光呪文を唱える。彼女の気性と同じ、赤い輝きがその掌中に集中した。
魔物に向かって手を突き出す。
「ベギラマ!」
ほとばしる閃光で真横にエイの群れを切り裂く。塩の焦げた匂いがした。
「お見事です」
相変わらず、座ったまま拍手を送るクリフト。
「どうもありがと!あんたも余裕ね。この状況で座っていられるなんて」
「それはすみません。病み上がりなので、まだ立っているのが辛くて」
「…喰えない男ね」
マーニャは皮肉をこめて一言だけ返した。
「ベギラマ!」
二度目のベギラマで影は消え去った。
ミネアの方を見ると、彼女の方も終わったようだった。ほっと一息つく。
「あーあ、潮風で髪が痛んじゃうわ」
クリフトの方をそう言いながら振り返ると、彼の目がぎらりと光った気がした。
左手だけで空を指差すように。
「………安らかなる死を与えたまえ」
「あんた…何を…!?」
目を痛めつけるような銀白色の魔法力。冷たい吹雪のような冷徹な白。
マーニャは戦慄した。
「ザキ」
ごとり。
「!」
マーニャの真後ろにエイの形をした魔物が降って来た。
慌てて確認すると、そいつはすでに絶命していた。
「あんた…これは…」
クリフトは微笑んだ。
「まだ、影に隠れていて見えない生き残りがいましたので。ご無事で本当によかった」
マーニャはそのエイを担ぎ上げると、海へと投げ捨てた。
「今のは聖職者様が使うようなもんじゃないわ。…あんたは本当に聖職者なの?」
不審なものを疑う表情。クリフトは尚も微笑んだ。
「えぇ。まだまだ未熟者ですが、聖職者です。
それに今の呪文は神に祈りを捧げる立派な神聖呪文ですよ」
「外側だけね。…中身は立派な殺戮の呪文よ」
忌々しげにはき捨てるマーニャにクリフトは苦笑した。
「なにやら御機嫌を損ねるような真似をしてしまったようですね。出すぎた真似をお許しください」
クリフトは立ち上がって頭を下げた。
「私は船室に戻りますね。…腕前を拝見でき、とても勉強になりました」
「…嫌味ね。その呪文を見せつけて釘を刺しに来たの?それとも、恩を売りにきたってことかしら?」
「とんでもない」
クリフトは大げさに両手を振って否定した。
「…楽しくなってきたわ。あんたみたいな男が仲間になるなんてね!」
「…同感です。頼もしい仲間が増えて嬉しく思いますよ」
クリフトはそのまま船室へと向かった。
(腹の底で何を考えているのかわからないのはお互い様だな)
顎に手を当てて、薄く笑う。
(…しかし。全員、それなりに優秀なようでよかった)
(導かれし定めの仲間なんて信じていないが、姫様の助けになることは確信できる)
-全て、サントハイムの人々を奪還するという姫様の命令を遂行するために。
姉妹の敵討ちだの、伝説の武器だのに全く興味などなかった。
だから冷静でいられたのだろう。
定められた仲間の最後の一人という戦士ライアンがキングレオに巣食う魔物を倒し、仲間に加わったときに
彼を見た感想は、
(強い)
という単純なものだった。
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