正に地獄というのが正しい表現だった。
アッテムトのような地下の帝国のように整ったものではなく、赤いマグマのわく灼熱の地獄だ。
この地獄を支配する皇子が“進化”の果てに理性を持たぬままに暴れまわったために、この地底は崩壊を始めている。
ゴボゴボとマグマはその勢いを増した。
クリスは仲間達の無事を確認した。満身創痍であったが、誰一人欠けてはいない。
力の源を欠いた呪いの力。
もし、腕輪が完全なものであったならばその“ピサロ”であったものは天空をも地に沈める力を得たことだろう。
長い戦いの末に討ち取った今、目の前にいるのは、醜い肉の塊に過ぎない。
玉座に倒れこむように座る彼にクリスは静かに話しかけた。
「…ロザリーさんの仇を打とうとしたの?」
答えはない。“ピサロ”であったものは命運尽きて、その体躯は崩壊を始めた。
「ロザリーさんはずっと貴方の行為に心を痛めていたわ。
きっと貴方はあたしと、いえ、あたし達と同じだったんですね。貴方も、」
“ピサロ”だったものに敬意を表して。
赤色と青色に出会わなければ彼を許すことなど出来なかった。
復讐心に身を焦がしたまま、このときを迎えたのだろう。
決着がついたことを確信して、ライアンは剣を納めた。
「信念を持って戦って、」
トルネコは哀悼の意に脱帽した。ブライも目を伏せ、黙祷する。
「守りたいものがあって、」
マーニャとミネアはお互いに手を取り合った。
「復讐心に身を焦がして、」
アリーナはクリフトの側に寄り添った。
「誰かを愛した心が痛くて、」
クリフトは祈りとともに十字を切った。
「認められようと、理由を探して足掻いて、」
クリスは天空の剣を持ち上げた。
「還って来ない何かを探していたんですね」
剣は目を覆うほどに輝きを増した。天空の竜の神の祝福の光だ。
クリスは最後の一撃を繰り出した。
クリスは最後の光の中で青年の姿に戻った彼を見た。
彼はロザリーに導かれるようにして光の中へと背を向ける。
少しだけ振り向いた二人は微笑んでいた。そして、彼女の口が動く。
-ありがとう-
クリスにはそう見えた。
「ばいばい。ロザリーさん」
天空の竜の祝福の光はそれぞれに降り注いで、地獄中を照らした。
「…どうして」
クリフトは驚嘆の声を上げた。
記憶の中と同じ姿で笑う王妃が春の日差しの如き微笑みを見せる。その脇にはニックが。
そして。
自分と同じ海色の髪を持つ女とその肩を抱く男。
慌てて手を伸ばす。光は消えて、再び赤い景色が目の前に広がった。
「…父さん。私達、勝ったわ」
マーニャが感極まったように呟くミネアの手を強く握った。
「神様も粋なことしてくれたわね」
「皆さんも…」
同じように会いたい人に会えたのだろう。
ライアンも指で目頭を押さえたのが見えた。
「姫様」
「うん。会えたわ。会いたかった人に」
アリーナは誰に会えたのかクリフトには言わなかった。
「…地上に帰ろ」
「苦しい戦いでしたね…。あたし、皆と一緒で良かった」
「何をしんみりしてるのよ。パーッとお祝いじゃない!」
「そうですよ!その伝説の武器、実はまだ狙っているんですからね」
マーニャとトルネコは旅の途中ずっとそうしてくれていたように皆を明るくように大声で笑った。
「クリス!また、試合でもしましょ」
アリーナがクリスの背中を叩いて笑いかけた。
ビリビリと痛む背中を涙目で押さえると、不思議とクリスは自分に笑えてきた。
ブライが髭を撫でるとクリスの剣を杖の先で示した。
「もう一度、その剣の力があれば奇跡がおこるじゃろう」
「えぇ。地上へと導く光となるはずです」
ブライとミネアの言葉に呼応するようにライアンがクリスの肩を力強く支え、頷いた。
そして、クリスは剣を掲げた。
「じゃぁ、お家にさくっと帰りましょう」
再び溢れた光に包まれた。
そして一ヵ月後。
NEXT
BACK