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アリーナは不貞腐れたように玉座に座っていた。
そんな彼女の様子を見て、大臣がぼやいた。
「また、そのように…。どうぞ愛想よく微笑んでくださいませ」
忠誠を捧げる主君の姫君である上に、世界を救った英雄の一人となってしまっては小言を伝える勢いも衰えてしまう。
大臣は少しだけ禿げ上がり始めている頭を抱えて深くため息をついた。
「ブライ殿も何か言ってください」
昔から姫に小言を言える人間は限られている。
しかし、期待とは裏腹に頼りにしていたブライはのんびりとあくびをした。
「いつものことじゃろうて。そんなに気にせんでもいいではないですかな」
サントハイムの復興も順調に進んでいる。
王に嬉しそうに小言を伝えきったブライは満足したようで、全く取り合わない。
王が叱られた後の子犬のように大人しく座っている様子に大臣は呆れ顔で天を仰いだ。
ふと。もう一人、彼女を窘めることができる人物をふと思い出して大臣は遠い目をした。
「クリフトは今頃どうしているんでしょうかね」
その言葉にアリーナとブライは身を固めた。やがて、老人が彼女に遠慮するかのように静かに口を開いた。
「そうさのぅ。あの未熟者は心配ばかりかけおる。歳くって成長したのは背丈だけじゃったのぅ」
クリフトは最後の戦いの前にアリーナに伝えたように、王や神官長、大司教に挨拶するとすぐにどこぞへ旅立っていった。
行く先は誰にも告げぬままで、本当にサントハイムには戻らないのかも知れない。
重い沈黙が謁見の間を包んだ。
兵士すらもその雰囲気にいたたまれなくなったとき、アリーナが立ち上がった。
「姫様、どちらへ…?」
大臣が狼狽したように、腰を低くしてアリーナを追いかけようと進み出た。
「……何を言っているのよ。これからダンスのレッスンの時間なんでしょ?その後はお食事のマナー。
ほぉら、どんどん時間がおしてきてるじゃないの」
大臣はもちろん、王もブライも目を丸くした。
辛かった旅の中で、彼女が得たもの。ブライはそれを察すると、顔を伏せて髭を撫でた。
王はアリーナを呼び止めた。
「…立派になったな」
アリーナはドレスの裾をつまんで、しとやかに礼をすると晴やかな笑顔を周囲に配る。
「もちろんよ!」
…いつか帰ってくる男がびっくりするぐらいに、いい女になってやるために。
「だけど、レッスンが終わったら、まだまだ話し足りないことがいっぱい残ってるんだから、待っててね!」
アリーナは嬉しそうにそう告げると謁見の間を後にした。
そして、その途中にティゲルトに出くわした。彼は手に花を持っている。
「ごきげんよう、ティゲルト!」
「ご機嫌麗しゅうございます」
彼はサントハイムの人が戻ったことをきっかけに神官長に就任した。
刺繍や飾りの増えた制服はお世辞にも似合っているとは言えず、目にした誰もが最初は笑ってしまったものだ。
着せられていた彼も今となっては立派な神官長としての威厳を手にしたらしい。
「最近、似合ってきたわね!」
「ありがとうございます」
彼の持つ花に目が行く。
「今日はサランに行く日なのね」
「はい。彼のたっての頼みごとでしたから」
クリフトが旅立つ前に最後に願い出たこと。それはサランの町で彼が欠かさなかった墓参りだった。
そして、今回の戦いで命を落とした人々の慰霊碑への供養も。
「…レッスンが終わるまで待ってもらってもいいかしら?」
アリーナは金時計を開いて確認すると、終わる時間を彼に示した。
「畏まりました」
それだけ言い交わすとアリーナはレッスンへと向かった。
クリフトがいないだけ。
クリフトがいないだけで、変わることなく取り戻した平穏な日々。
そして、更に一年が経った。
この日もアリーナはティゲルトを引き連れてサランの墓地へと訪れた。
全く予想していなかった色彩に、二人して目を丸くしてお互いを見合った。
先に誰かが供えていったささやかな供花。まるでお祝いを贈るかのように鮮やかな花弁。
二人はそっとその横に持ってきた花を置いた。
ティゲルトの祈りの言葉をじっと聴く。
アリーナは空を見上げた。
クリフトのいない日常の空は、彼の瞳と同じ澄んだ青だった。
-fin-
その後(ワンクッションあります)
あとがき(聖戦・栄光共通)