クリフトは街中を歩いていた。道具屋に向かってエンドールの通りを進む。
(必要なのはやはり、止血薬と鎮痛薬と…)
 大会中は助太刀はできない。だとすれば、アリーナ自身に薬草を持ってもらわなければならないだろう。 その買出しのためだ。
(解麻痺薬もいるかな…)
 クリフトは周囲を見て、歩みを止める。
 参った。
 道がわからなくなった。
 区画整備されたエンドールの城下町は同じような通りが多く、今ここがどこなのかを表示している標を見なければ 判断がつかない。流石は大都会だな、とクリフトはこめかみを揉んだ。
「急げ!」
 何人かの男が、袋を担いで慌てて駆け抜けていく。クリフトは不思議そうに道の端によって彼らを通してやる。 武道大会の予選が始まっている。その関係なのだろうか。まったく穏やかではない。

 彼らの来た方向を覗いて見るとそこに道具屋の看板を見つけた。やはり、近くまで来ていたのだ。 ホっとしてその店のドアを開けると、中には中年の男の店番がいる。棚には多くの薬草類が見えた。 魔法に頼らない国柄だけあって、幸いなことに薬草は豊富なようだ。
「すみません。薬草を見せてもらいたいのですが…」
 すると、男が申し訳なさそうに、頭を掻いた。
「薬草ですか。まさに今、薬草の調合ができるものが城に呼び出されてしまいまして…」
 何かと思ったらそんなことか。恐らくは先程の男達だろう。城の使者と薬士だったのか。
「私が自分でやりますので構いませんよ」
「そうでしたか。それではゆっくりご覧になってください」
 なお、申し訳なさそうな主人の言葉を聴いてクリフトは棚に並んでいる瓶の中の 薬草の種類や状態を確かめていたが、どうにも視線が気になる。
「…あの…何か?」
「え、その、お兄さんも武道大会に出るのかなぁと思いまして」
 男はそんなにじろじろと見ているつもりがなかったのか、声をかけられて慌てたようだ。 クリフトはあぁ世間話か、と思い当たり微笑む。
「…いえ、連れの方が出場することになりましてね」
 男は何か言おうと悩んでいるのか視線は泳ぎ、顔をしかめている。流石に怪訝に思う。
「どうかしたのですか?」
「いえね…今さっきお城から使者がやってきたのですが、どうやらとんでもない出場者がいると聴いて…」
「とんでもない?」
 まさか、姫様か?とも思ったがまだ、出場は先の筈だ。控え室でブライと共に向かっている頃だろう。
「…対戦相手を殺すまで戦いを止めない、悪魔のような出場者がいるとか。それで、瀕死のけが人がいるから 少しでも薬草を扱えるものを、と呼ばれた次第でして」
「……」
 きな臭い話だ。クリフトは無意識に手を止めて男の話を聞き込んでしまっていたことに気が付く。 急いで、必要なものだけ選ぶと男に礼を言い控え室へと急いだ。







「姫様、いらっしゃいますか?」
 急いで控え室の中、アリーナとブライを探す。急いできたために息が上がっている。 すぐに見つかった。彼らは控え室内にあるちょっとした道具屋の前にいた。
「あ、クリフト」
 振り返ったアリーナの手に驚く。爪のついた金属製の手甲が装着されている。 アリーナはその感触を確かめるべくぶんぶんと上下に振った。風を切る音が耳に届く。
「見て、私にぴったりじゃない?」
 ブライががっくりとため息をついている。…理由はわかる。
「…姫様、…大会に危険な人物が参加していると噂を聞いたのですが…」
「…聴いたわ。デスピサロとかいうやつね」
 アリーナは緊張した面持ちで頷いた。
「大会を殺し合いの場にするなんて…!!」
「…ワシが見る限り、かなりの手錬じゃな…」
 ブライも拳を震わせた。
「…必ず、私が倒して見せるわ」
 クリフトは今回に限っては驚かなかった。覚悟は昨日の晩にできている。
「…信じております。姫様の出場までに薬草を調合しております」
 クリフトは店の中に陳列されている薬草を見た。やはり種類も少ない上に、
「姫様の戦い方に一番効果的な調合をしてみせます」
自分の方が、ずっと調合の腕は確かだ。
 自信を持った瞳のクリフトにアリーナとブライは満足そうに肩を叩いた。
「頼りにしておるからな」
「必ず、ご期待に添える物を作ってみせます」
 アリーナの口数が普段よりずっと減っている。
 緊張しているのだろう、とクリフトは思った。





 アリーナは多くの観客の予想を裏切り、対戦相手を凌駕していた。その殆どが、アリーナの動きについていく ことができずに地面に叩きつけられていく。
「アリーナ姫、4戦勝ち抜き!」
 歓声が巻き起こる。
 ずっと後方から見守っていたブライはまた一息ついた。 アリーナが一勝するたびにそれを繰り返している。
 一方、クリフトは指一本動かさずに腕を組んだまま見つめていた。 アリーナが負けるはずがない。妙な確信があった。
 歓声がまた上がる。
「なんじゃ、あれは…」
 五戦目の相手は魔物だ。
「ベロリンマンとアナウンスされましたね…」
 その場にいた皆が見つめた先、そこにいたのは白い体毛を持つ魔物だ。

 アリーナは再び構えた。
 何度傷を負わされても、クリフトの処方した傷薬は自分の思った通りに効く。
 アリーナの手の大きさに丁度合った処方量。そして、すばやさを重視したアリーナの もっとも望む効果である即効性と効果だ。 クリフトが渡してくれた薬草入れ、これを持っているとお守りを持っているかのように 心が落ち着く。
(負ける気がしない…!)
 そして、ブライが渡してくれた新しい武器鉄の爪。自分の腕の一部のように馴染む爪は 敵に深いダメージを与える。
 一緒に戦ってはいないが、普段のように、側で援護してくれているような気がする。
(二人ともいっしょに戦ってくれている)
 アリーナは目の前の魔物を睨んだ。

 ……おかしい。
 敵が四体に見える。
「やあっ!」
 一番近くにいたベロリンマンに切りつける。
「え!?」
 手応えはなく、霧のように消えうせる。
「…本物はどれ…!?」

「マヌーサとよく似たものですね」
 幻を見せ、敵を困惑させる術。厄介な敵が出てきたものだ。
「ワシが相手できれば、ヒャダルコで一網打尽じゃのにな」
 アリーナが相手するには相性が悪い。しかし、口を出せばアリーナの負けとなってしまう。
 クリフトはそれでも尚、腕を組んだまま凝視し続けた。

 アリーナは何度目かの攻撃を繰り出すが、また霧消してしまった。
「!」
 気配に振り向くが、ベロリンマンの爪が腕を掠める。
(そうだわ…!)
 動きを止める。
(ギリギリまで引きつけるのよ………!!)
 四体のベロリンマンが四方から迫る。
(…)
それぞれの爪がアリーナへを斬り付けようとする、その一瞬。
 アリーナの左から迫るものを以外、姿がゆらめく。
「そこね!」
 左からせまる爪を避け腕を掴み、足をかけ地面に組み伏し、アリーナは顔元に鉄の爪を突きつけた。

「勝負あり!アリーナ様、五戦勝ち抜き達成!!」
巻き起こる歓声。
「ふぅ」
 アリーナは予選を勝ち抜いたことをようやく自覚し、微笑んだ。
 ブライとクリフトのほうを見て手を振る。
 ブライの叫び声。

「姫様!後ろ!」
「…え?」
 振り向いたアリーナの目にベロリンマンの爪。
「!?」
 目の前に迫った爪はもう避けようも受け止めようもない。
 アリーナは思わず目を瞑った。
 誰もがアリーナの体は魔物に引き裂かれたと思った。
 しかし、倒れたのはベロリンマンの方だった。
「…え?」
 一矢報いる前に気絶したのか。アリーナは危機一髪の事態に血の気が引けた。

 クリフトは一息ついた。良かった。すぐに気が付いて。
 ブライの唱えたラリホーが意識を奪ったことも。
 クリフトが隠し持っていた投擲用ナイフがベロリンマンの腕を捉えたことも。
どうやら、死角に入って誰の目にも映ってはいなかったようだ。もっとも戦闘の終了の合図が出ていたので、 反則にはならないだろうが。
 まったく、肝を冷やすとはこのことか。
 次はついに、デスピサロという危険な出場者との戦いになるのだろう。 また、肝は冷える目にあうのだろうな。と、クリフトは再び腕を組んだ。
 ナイフは後一本だけある。いざというときにはこれを使えばいい。 これで倒せるとは毛頭思っていないが、間を取ることはできるだろう。 そして、アリーナの反則負けとなり命の安全は確保される。
 ブライも先程、即座にラリホーを唱えたあたりから察するに、心構えは出来ているようだ。

 ところが、ベロリンマンの巨体を退かすのにしばらくの時間がかかった後も、 決勝戦の始まるアナウンスはなかなかかからない。
 どういうことかと、観客すらもしらけ始めようとしている。
 エンドール王の下に係りの兵士が駆けつけて報告をする。

「デスピサロがどこにもいません!」

 …どこにも…いない?
 アリーナもブライもクリフトもその言葉が聞こえ耳を疑った。
 理由が分からない。
 評判を聞いた限りでは、アリーナに恐れをなして逃げるほど弱いわけではない。
 どこか得体の知れない不安がこみ上げる。
 しかし、エンドール王はそれを喜んだようだ。
「それならば、優勝はアリーナ姫だ!」
 そう、それならば迎賓が命の危険に遭うこともなく最高の結果を残すことが出来る。
 モニカが顔の前で両手を組み合わせて涙目で立ち上がり、父王にすがりついた。
 アリーナもそれを見て、鉄の爪を天高く掲げた。観客からの祝福の声。
 こんなに晴れやかなアリーナの笑顔を見ることはそんなにある話ではない。
 本来ならば、喜ぶべきはずなのになぜか不安がなくならない。
 クリフトはようやく腕を解いた。
「姫様、優勝おめでとうございます。信じておりました」
「ありがとうクリフト」
 ブライも緊張の糸が解けて安心したのか、涙ぐみ、真っ赤な鼻で姫を眩しく見上げる。
「…ご立派でしたぞ…」
「ありがとう、ブライ」
「これで、もう少し王女様らしいところもご立派になって、ワシを喜ばせてもらえたら、もう死んでもかまいませんな」
 鼻をすする。
「…やだわ、ブライ。死ぬなんて……ん?それってどういう意味?」
「気にせんでください。老人の戯れですじゃ」




 そして、行われた表彰の式の後。謁見の間でモニカと国王を前に三人は呼ばれた。 ブライとクリフトはさっと膝をつく。
「ありがとうございました…!」
「良かったわね、モニカ姫」
 アリーナが嬉しそうにモニカの手を取って笑いかける。
「これで本当に好きになれる人と結婚できるわね!」
「アリーナ姫のおかげですわ」
 エンドール王がアリーナに握手を求める。
「優勝、おめでとう」
「ありがとうございます」
「なかなかの戦いぶりであった」
 王の言葉にうつむいたままのブライは再び鼻をすすった。
「私だけの力ではなく、二人の応援があったからこそです」
「…優秀な従者なのだな。サントハイムは恵まれておるようですな」
 ブライは今度は肩を震わせる。
「すぐに、盛大なセレモニーを開きたいのだが、まずはサントハイム王に報告を してきてあげたらどうですかな?」
 優しい配慮の言葉にアリーナは感謝した。
「ブライ、クリフト。一度サントハイムに戻りましょう」
 振り向いたアリーナの目に映ったのは、いつも厳しかったブライが感激の涙に震える姿だった。
 実際に戦うアリーナの姿は勇ましく、そして美しかった。そんな姿を目の当たりにしてしまうと、 やはり、出場を懸念していたブライも感極まってしまったようだ。
 クリフトが無言で差し出したハンカチで涙を拭う老人の姿に、アリーナも胸が熱くなる。
「ブラ…」

「姫様…!」
 擦れた声が聞こえた。謁見の間の扉によりかかるように。
 慌てた様子のサントハイムの兵士の姿にアリーナは息を呑む。
「サントハイムにお戻りください…城が…」

 見た。
 その兵士の体が一瞬で掻き消えてしまった様子が。透き通っていくかのようにあっという間に。
「人が…消えた…?!」
 エンドール王が驚愕し、立ち尽くす。
 アリーナはその兵士のいた場所に近寄ってみるが、何もない。
「そんなばかな!」
 王が唸った。
 クリフトは唇を噛んだ。
…これが災いか…





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