『仲間』
目が見えない。
体が重い。頭が熱い。息が出来ない。無理して息をしようとすれば、胃液を戻してしまいそうだ。
どうやら、ベッドに寝かされているらしい。
遠く、聴きなれた声がひそひそと何かを話しているのが聞こえる。
……アリーナとブライの声だ。
(すみません)
とか、
(大丈夫です)
そんなことを言おうとした。
しかし、実際に出たのはうめき声だけだった。
ここで、死ぬのか。
医術の知識は多少ある。
これは、助からないだろう。
今はどんな状況なのだろうか。
船に乗ったことは覚えている。
その後は、思い出せない。
(死ぬ前に、二人にもっと恩を返したかった)
熱に浮かされた頭は止め処ない感情と思い出で溢れかえっている。
初めてアリーナにあった日のこと。ブライに褒められたこと。
そして…。
(死ぬ前に、姫様に“この想い”を伝えたかった)
(想い?)
-あぁ、死ぬ間際というのは、こんなにも贅沢なことを考えるのか。
いつの間にか、閉じられたまぶたの裏がじわりと熱くなり、目じりから零れた熱はこめかみを伝わって落ちた。
アリーナはクリフトの涙を指で受け止めるかのようにすくうと、優しく声をかけた。
「クリフト、必ず、助けてあげるからね」
きっと聞こえているはず、とアリーナは続けた。
「だから、それまで、何が何でもガマンしてね」
アリーナは鉄の爪を装備して踵を返す。
ブライは無表情のままにアリーナに一礼した。
「どうか、ご無事で」
「…クリフトのことは任せたわ」
「御意」
ドアの閉まる音がした。
ブライはクリフトの側に腰掛けた。
「まったく、未熟者が…」
クリフトの汗を拭ってやる。
「どれだけ心配をかけたら気が済むんじゃ」
クリフトは薄目を開けた。何も見えず、音すらも耳鳴りでほとんど聞こえない。
それでも、自分のために懸命に手を尽くしてくれていることだけはすぐにわかった。
「…クリフト?」
意識が戻ったのか、とブライはその視線の前に指を突き出し左右に動かしたが、
…動かない瞳孔。
「……ふぅ」
ブライは落胆して、視線を落とした。
後は死をまつばかりだと思っていた。
後悔ばかりの人生だったが、ここで死ぬのも神のお導きだ。
だから、クリフトはまた光を見ることが出来るなんて考えてもいなかった。
強烈な苦味を感じたと思ったら、迫っていた死の感覚が嘘だったかのように遠のいていくのがわかった。
そこに見えたのは、ずっと待ち望んだアリーナの姿だった。
「だいじょうぶ?私がわかる?」
「…め、…さ…ま」
喉は声を出す方法を忘れてしまったかのように、擦れた音を出したが、その声にもアリーナは飛び上がるかのように
喜んでクリフトの手を取った。
「よかった!良くなってきたのね!」
「わ、たしは…」
依然として重い頭をなんとか動かし、周囲を見る。どこかの宿屋だろうか。
そして、そこには見たことのない人間が何人かいた。
「あなた…は…」
コナンベリーの造船所で会った商人。
「たしか、トルネコさん…?」
クリフトの声に反応し、トルネコも満足そうに頷いた。その横にいた、半裸の女性がにやりと笑って、顔を近づける。
「あんた、感謝しなさいよ!トルネコが助けてあげようって言ってくれたんだから」
「…いえいえ、以前に縁があった方ですからね。見捨てるなんてとてもできませんよ」
どういうことか分からずに、クリフトは黙ってその様子を観察していた。
「…きっと、まだ体調が完全に良くなっていないと思うの。だから、静かにしてあげましょう?」
その沈黙を察して、緑の髪の鎧の女性が二人を制した。
「そうですわ。行きましょう」
先程の半裸の女性と同じ顔をした女性もそう言って、出口へと向かう。
「後で、ゆっくりと皆を紹介するからの。とりあえず、ゆっくりと休むことじゃ」
ブライもその後について部屋を出た。
(どういうことなんだ)
少し、意識を失っている間に、随分と展開が進んでいるようだ。
急に訪れた不安になるほどの静寂。アリーナが窓を開けると、柔らかな風が入り込み、
日差しを優しく遮るレースの白いカーテンをふわりと揺らす。
二人きりで部屋に残されたクリフトはアリーナを不安げに見上げた。
「良かった。クリフトが助かって」
「姫様、私は、一体…?」
アリーナはクリフトの布団の端を掛け直しながら、ゆっくりと説明を始めた。
「クリフトね、船から降りてこの町を目指す途中で、青い顔をして倒れたの。
それで、このミントスの宿屋に運び込んで」
「……」
「それで、ソレッタっていうお城にどんな病気でも治すことのできる万能薬があるってきいて、取りに行ったの」
クリフトは顔をしかめた。なんと、手間をかけさせてしまったことか。
「そのときに、さっきの人たちが協力してくれたの」
「そうだったのですか…」
アリーナはそれで、と話を続けた。
「彼女達は魔王を倒す定めの勇者で、デスピサロを追っているらしいの。
だから、ブライと話して彼女達に同行することに決めたわ」
「……定め…?」
話が急すぎて、頷けなかった。
「覚えてる?武道大会の決勝で当たるはずだった男よ」
「はい」
「詳しいことは、後でクリフトも皆と話してみて。きっと、すぐにわかるから」
「…はい」
アリーナはまるで子供を寝かしつける母親のようにクリフトの髪を撫でた。
「もう少し、眠ったほうがいいわ」
それが、心地よくて、吸い込まれるように眠りの淵に落ちた。
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