ブライは定めの勇者の一行の4人と共に隣の部屋に入った。
老人はすでに、薬草を手に入れるために魔物の救う洞窟に探索に入る、という
一つの困難を共に越えたことでお互いの素性や気性をある程度、理解し、打ち解けていた。
彼らは不思議と、すでに何年間も共にいたかのように心を許し会える仲間となりつつあった。
「神官様の具合が良くなってきて、本当に安心しましたね?」
緑の髪の女性はそう言って微笑んだ。ブライは深く息を吐いて微笑んだ。
「皆さんのお陰で助かりましたぞ」
半裸の女性が勢いよく椅子に座ると、足を組んだ。
「しっかし、寒い洞窟だったわー。暖かいお酒が飲みたい気分ね」
「姉さんはどうして、いつも発想がお酒か遊びなの」
「ミネアが逆に興味がなさ過ぎるの!」
占い師の妹ミネアは姉のマーニャに呆れながらも、口元に手をあて、くすくすと笑った。
皆、クリフトの容態の好転に喜んでいるのだ。
トルネコも、
「導かれし者、がなんと3人も見つかったことですし、ぱーっとお祝いしたいですねぇ」
そう言って同意する。
「でも、お姫様と神官様はお酒飲めないんじゃないかしら?」
と、緑の髪の女性。珍しい髪の色に初めて会ったときはブライもアリーナも、そして、この場に
いる誰もが驚いたものだ。そして、すぐに肌に感じる聖者の風格。
定めの勇者、と呼ばれる彼女はそれでも普段は、ごく一般的な女性であった。
「お姫様は随分とお若いかんじでしたものね」
ブライはその言葉を飄々と笑って否定した。
「いやいや、王女たるもの、社交の場に出ることを思えば、一杯や二杯飲めなければなりますまい」
マーニャがそれをきいてふぅん、と鼻で笑った。
「でも、お姫様にお酒飲ませたら、あの神官君。怒りそうね!真面目そうだったし!」
「ほっほっ。わかりますか。あやつは頭が堅いのが問題でしてな」
楽しそうに髭を撫でる老人にマーニャは詰め寄った。
「ところで、さっきからずっと気になってたんだけど、隠密の旅に出たのが始まりって言ったわよね?」
「いかにも」
「よく、お城のお姫様がおじいちゃんと若い男と三人で旅になんか出られたわね」
ブライは無言でどこか遠くを見る目で、
「そうさのう」
と、唸った。
トルネコは頷くと、各員の武器防具を集め、手入れをするべく磨き始めた。
それでも、熟練の商人は話をじっと聞き漏らさない。
「姫様の意思が固かったことが何よりですがな。
…あの若造が姫様がお城を飛び出して行かれたときに、“行かせてやってくれ”
と必死に陛下に懇願したのもあるのう。
よく、お咎めなしですんだもんじゃ」
やはり、幼い頃から良く知る、孫のようにかわいい神官が助かったことに浮かれているのか、
少し口が軽くなっていたようで、何も包み隠すことはせずにそう告げると、ブライは目を伏せた。一方、マーニャは近頃、遠ざかっていた色恋話に食いついて、楽しそうに両手を合わせた。
「わぉ。情熱的ね。愛ね、愛」
「姉さん!茶化さないで!誰もそういう話だとは言ってないじゃない」
「いいじゃないの、ねぇ、クリスもそう思うでしょ?」
クリス、と呼ばれた緑の髪の女性は困った顔で首をかしげた。
「……えぇ、そうね…。そこまで想ってもらえるなんてお姫様が羨ましいかな」
マーニャがその言葉を聴いて、勝ち誇ったようにミネアの肩をばしばしと叩いた。
あまりの強さにミネアが眉間に皺を寄せるのもお構いなしだ。
「ほぉら、クリスもそう言ってるじゃないの!」
「違うわよ、私はそれを茶化さないで!って言っているのに」
ブライはそのやり取りとは対照的に、苦しい顔で口角を下げた。
(あやつのためにも…やはり早い段階で離れさせておくべきだったか…)
クリフトがどんな思いで、今までいたかを思うと、とてもやり切れなかった。
がたり、とドアの外で音がしたような気がして誰もが口を閉ざし、顔を見合わせる。
「姫様がいらっしゃったのかのう?」
と、ブライがドアを開けて、周囲を探すもアリーナの姿はない。
―そのとき、隣の部屋のドアが慌てて閉められた音に、誰も気が付かなかった。
扉を閉めようとしたときに、偶然居合わせた吟遊詩人が慌ててかけより、声をかけた。
端正な顔を歪ませて懇願するように膝まづく様子はただ事ではない。
「……あなた方が勇者様のご一行とお伺いして…!キングレオにあなた方を探していた戦士様が向かったのです」
「キングレオ……!」
ミネアとマーニャの顔が曇り、憎しみに顔を歪ませた。
次の行き先が決まった瞬間だった。
トルネコが手に入れたばかりの海図を広げ、キングレオ大陸への航路を検討し始めた。
「みんな…」
クリスが全員に静かに言葉を放った。
「トルネコさんはとマーニャさん、ブライさんはこれからの航海のための打ち合わせを。ミネアさんは
アリーナさんと一緒にクリフトさんの看病をお願いします。
出発は明日。それまでに、各自体調を整えてくださいね」
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