翌日、簡単な自己紹介の各々の旅の目的を知った。
クリスは村を滅ぼしたデスピサロを追い、姉妹は敵討ちを。そして、トルネコは伝説の武器を求めて。
そして、自分達はサントハイムの消えた人々を救うため。
目的はバラバラのようだった。
それでも、輪を作るように繋いでいるもの。占い師の言う、導かれし者、という運命。
「ふぅ」
話を聞いてみても、意味がわからない。
人が神の意思を覗き、伺い知ることなどあるわけがない。
(でも)
もし、本当にこれが、神の意思だったとしたら。
神が自分の力を。必要としている。なんということだろうか。
クリフトは甲板の日陰で力なく立ち尽くすように、空を見上げていた。
何度目かの航海にはもうすっかり慣れてきた。
遥か彼方まで続く海面と海の境界線。ずっと、あの先は滝になっていて落ちてしまうのだ、と教えられていて、
違うとわかっていても最初は恐ろしかったが、今はそうではない。
少しずつ、価値観が広がってきているのだろうか。自分も、そしてアリーナもこうして変わっていくのかもしれない。
そして、これから歩く未来、アリーナの側に自分はいるのだろうか。
潮風が頬を凪いで過ぎ去っていき、その心地よさにクリフトは体を伸ばした。
「あんた、もう起きて大丈夫なの?」
甲板で潮風に当たりながら、空を眺めて立つ神官に踊り子は近づいた。
「えぇ、おかげ様で助かりました。これからは皆様のために尽力するつもりです」
生真面目な回答に、大げさに両腕をやれやれと振った。
「それで、外で見張り番?あんたは病み上がりなんだから交代はなしのはずよ、クリフトちゃん?」
「…そうですね」
クリフトは困ったように微笑みながら、その露出した肌から目を逸らした。
彼は困惑気味ではあった。何しろ、聖職者として生きてきた人生にマーニャのようなタイプの女性はいなかった。
「あら、目を逸らされるなんて、ショックだわぁ」
「そんなつもりでは…すみません」
それでも、クリフトは恥ずかしい気がしてまともに彼女に向き合えない。
そんな彼をもっとからかってやろうと、マーニャは意地悪く笑った。
「知ってるわよ。あんたの番でもないのに、ここで突っ立てるわけ」
マーニャは甲板のずっと先を指差した。
そこにいたのは、亜麻色の髪を風になびかせる、姫君。
「お姫様が気になって仕方ないんでしょ?」
「それは………。…そうですね。私が仕える主君ですから」
クリフトは複雑そうに目を伏せた。
今までの旅の中で、見張りはもちろん雑務などアリーナにさせたことなどなかった。しかし、
今回、勇者の一行に加わったことで、もちろんアリーナも雑務は交代でこなすことになった。
何不自由ない暮らしをしてきたアリーナだったが、意外にもその変化を喜び、率先して今回のように
見張り番の役目を務めている。
むしろ、気になって仕方ないのはクリフトの方だった。
長い間に、潜在意識の奥底から刻み付けられた主従関係。
つまり、アリーナには大人しく座っていて欲しいのだ。何かあったら、と思うとおちおちと休んでなどいられない。
「気になるの?」
「はい」
「…素直ねぇ」
マーニャは面白くない、と腕を組んだ。クリフトはなおも伏せられた目で横目でアリーナの様子をちらちらと伺っている。
「守るべき、主君ですからね。何かあったら、すぐにお助けできるように」
「……あんたって、本当に鈍感男なの?それとも、思いを隠すのが上手い嘘つきなのかしら?」
「私は嘘はつきません」
クリフトはアリーナの様子を見ることをやめてマーニャに注意を向けた。
「鈍感な方が有力説かしら?」
くっくっと笑いながら、
「また、倒れられたりしても迷惑だから、ちゃんと休んでてよね?
洞窟で少し見たけど、お姫様だったらきっと大丈夫よ」
と、遠慮なしに肩を叩いた。
「…ありがとうございます」
きっと、これでも自分を心配してくれているのだろう、とクリフトは探り探り、感謝の言葉を述べた。
「はいはい、どうも。お姫様がうらやましいわね、たしかに!」
マーニャはこちらに気が付いたらしいアリーナに手を振った。
アリーナも手を振り返す。
しかし、クリフトと目があった瞬間。慌てて向けられた背。
「なんか、あんた避けられてない?」
「……」
(私は何かしたんだろうか…。まさか、熱でうなされて変なことでも言ってたんだろうか)
他に思い当たることもない。あのときの思考は何も思い出せないくらいに混濁していた。
有り得る話、そう思い背筋が冷たくなる。
言葉のないクリフト。
「ほら、あんたは早く休め、ってことよ」
マーニャは重たい空気に、クリフトの腕を掴んで踵を返した。
「すみません、離してくれませんか?」
自分の腕を掴むマーニャにそう懇願する。マーニャは何度目かにやっと手を離した。
「まったく、会ったばっかりだっていうのに、手のかかる子ね」
「…手のかかるって…」
心外そうに、そう呟くクリフト。
「なんだったら、ミネアに占うように言ってあげよっか?」
「占いは職業柄、信じるわけにはいきません」
真面目に答えるクリフトの様子にマーニャもついに茶化すことにも飽きたようだ。
「じゃぁ、自分でがんばんなさいよ。じゃぁねー」
悪びれる様子はまったくない。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、と、クリフトはため息をついた。
アリーナのことは気になるが、少し時間を空けて確認する機会を待つよりないだろう。
クリフトは言われた通り、休むべく船室を進んだ。
しかし、休めと言われても何かしていないと落ち着かない。
何か手伝うことはないだろうか、とうろうろと歩き、そして、
何気なく開けた船室では、トルネコが海図を持って何枚もの書類に埋もれているところだった。
「おや、神官様。お体は大丈夫なんですか?」
「クリフト、で構いませんよ」
そう言ってもらえるのを待っていたかのように、トルネコは嬉しそうな顔を見せた。
「じゃぁ、クリフト君。どうかしたんですか?」
「何かお手伝いできないかと思いまして」
「大丈夫だよ。今は休むことが仕事です。体は資本ですからね」
初対面のときを同じ教訓。クリフトは申し訳なさそうに、頭を下げた。
「あのときは本当に失礼なことを…すみませんでした」
「いえいえ、若さゆえに、というヤツですよ。一度は突っ走ってしまうもんです」
あくまで人を責めないトルネコ。クリフトは救われたような気がして、微笑んだ。
「あと、一晩もすればハバリアの港につきますからね。そうしたら、すぐにキングレオ城に乗り込みます。
マーニャさんとミネアさんの敵討ちのお手伝いと、最後の導かれし者を助けるのですからね。覚悟をしといてくださいね」
…敵討ち。すでに聞いた話ではあったが、何度きいても耳に馴染みの悪い言葉だ。それでも、魔物を倒し、キングレオの人々を救わなければならない。
クリフトは頷いた。
ふと、トルネコの広げる海図が目に入る。商人、ときいていたが、そこには正確に測られた方位や時間の予測が付箋で付けられている。
底の見えないサポート力。これが、導かれし者、ということか。
この商人と同じように、導かれし者というからには、自分にもアリーナの力やブライの知識や魔法力のように手助けになることが
できるのだろうか。果たして、本当に自分も導かれているというのだろうか。
「私は神聖魔法と薬草学の知識、歴史・伝説の知識が少しあります。お役に立てることができるときがあれば、お声をかけてください」
トルネコはその話をきいて嬉しそうに返した。
「きっと、それはまだ幼いクリスさんのためになりますね」
勇者であるクリスの役に立つこと。
「それが、きっと神のお導きなのでしょう」
アリーナに自分が何をしてしまったか。ずっと引っ掛かったままだったが、今は定めの仲間と早く馴染まなければならないだろう。
ハバリアの港に着くまで、数日間。クリフトはアリーナと一言も口を聞くことはなかった。
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え、ホフマン?