『罪悪』
東の大陸の交易都市コナンベリー。
西の大陸の交易都市ハバリア。
よく似ている、と感じた第一印象もあながち外れたものではないだろう。
じわりとした、熱い空気がまた、新しい土地に着いたことを実感させる。
ゆっくりと停船した、トルネコの船から降り立ったクリスは片手を高く上げて、全員を呼び集めた。
「はい。全員、集合ー!」
「集合、集合」
楽しそうに集合、と連呼しながらアリーナも無邪気にクリスの隣に立つ。そのすぐ後ろにミネアとマーニャも。
「クリフトさん、トルネコさん、ブライさん。もっと、端に寄らないと港の方たちに迷惑ですよー」
眉をしかめて、おいでおいでと手を振る様子にトルネコもブライも微笑ましく思いながら、近くに寄った。
クリフトも一番後ろでそれに倣う。
三人のときとは打って変わった様相の新しい旅。
アリーナもブライも早速、意気投合しているように見えるのに対し、クリフトは病気の間、彼らと関わっていないこともあり少し距離を感じていた。
それでも、クリフト自身もアリーナとブライの様子を見ているうちにこれもいいのかもな、と思う。
きっと、これから打ち解けていくことができるだろう。そう、前向きに捉えた。
何より、クリスをはじめ、新しい仲間達が自分の思っている以上に有能であることも一つあるかもしれない。
クリスは二つ、と指で全員に指し示した。
「まず、一つ。街でキングレオ城について最近の動向を調査する係。これはマーニャさんとミネアさんとブライさん、そして、あたし」
「オッケー」
「二つ目に、宿を取って出発の準備と、不足品の買出しなどの雑用をこなしてもらう係。これはアリーナさんとクリフトさんとトルネコさん」
キングレオの城に乗り込んだことのある姉妹と、サントハイムの政治の場にいたブライ。少しでも関わりのあった三人が調査係。
そして、船旅での消耗品を管理していたトルネコと薬草学に知識のあるクリフト、そして、荷物運びには持ってこいのアリーナ。
出会って間もないというのに、よく考えた人選だと、クリフトは感心した。
「はい、質問のある人ー?」
「おやつ買ってもいいかしらー?」
どうやら、この質問の時間は、本来の目的とは別にもう一つ、マーニャがおやつという名のアルコールを買う定番の質問の時間でもあるらしい。
「今回はいいですよ」
「マジ!?嬉しいじゃないの!」
マーニャがクリスの緑の癖毛をくしゃくしゃと撫で回す、一方、アリーナはクリフトをちらちらと横目で気にし、
クリフトが不思議そうに見返しては、視線を逸らした。
ハバリアの宿屋は窓が大きく、光を多く取り入れ、陽気で明るい様子を見せている。高く青い空が良く見えた。
「じゃぁ、クリフト君。これが必要なもののリストです」
クリフトはトルネコからそのメモを受け取ると、目を通した。
日持ちのする乾物類をはじめ、水、果物、と…かなりの量だ。
気付かれないように、アリーナを見る。相変わらず、避けられている。
それを知ってか知らずか、
「じゃぁ、二人でゆっくりと買い物に行ってきてくださいね」
と、トルネコ。アリーナは少し、狼狽したような様子を見せたが、すぐにクリフトを外へと促した。
「え、えぇ、わかったわ。行きましょう、クリフト」
「はい」
クリフトは拒否されなかったことに安慮して、アリーナの後について宿を出るべく、歩みを進めた。
宿のドアを開けると、港町を照らしつける眩しい日差しが目を刺した。
通りの埋め石や建物に使われている大理石の白が光を乱反射し、更に強い日差しを作り出している。
クリフトは目の奥の痛みを感じてしばらく、目を閉じる。治まってきたのを見計らって、まぶたを上げると、
目の前にアリーナの顔。
「どうかしたの?大丈夫?」
「だっ、大丈夫ですよ」
「そ?」
驚いたクリフトの返事を聴くと、アリーナはクリフトの横に並んで歩きはじめた。
無言。
いたたまれなくなり、メモを取り出した。
「まずは、軽いものから行きましょうか。姫様、次の通りを右に行ってみましょう」
「う、うん」
多くの商店、露店が並ぶ、陽気な町の大通り。
商店の数や活気はコナンベリーの方が上だったな、とクリフトは眺めた。
この国は近年、圧制が続き、船での交易も制限されているらしい。恐らくはその所為だろう。
クリフトがすぐに乾燥した野菜類の店を見つけ、物色しているのを最初は興味深そうに眺めていたアリーナだったが、
キラキラと光を反射させる露店に目を奪われた。
紫や緑、ブルーと様々な色彩を放ち輝く、異国のアクセサリー。木材や銀を使い、ターコイズやアメシストのような石があしらわれた、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。
それらはこの国の出身である、姉妹が身に着けているものに、質は劣るが確かによく似ていた。
そんなアクセサリーは、実際には造りが簡素で、脆そうだ。間違いなく、アリーナが城で身に付けるのを嫌がっていた、宝石や貴金属の
アクセサリーの方が美しく、高価で、何より良く似合う。
「お嬢さん、肌が白くてきれいだから、このピアスなんか似合うんじゃないかしら?」
露店の派手な化粧の娘は、似合う、とシルバー製のシャラシャラと音を立てる大きめのピアスを見立てて、アリーナに示す。
とても、似合うとは言い難いが、
「そうかしら?」
一応、アリーナは手にとって耳元に当ててみるものの、肩近くまで垂れ下がる装飾品は戦闘においては危険でしかない。それに気が付くと渋い顔でそれを返した。
「姫様」
その声にアリーナは反射的に、その店から離れた。
「姫様、次は果物類を探しに行きますので、先に進みましょうか」
クリフトが買い物を終わらせてきたようだ。アリーナはそうね、と頷くと先のお店へと足早に進んだ。
「………」
クリフトは視界の端に映る、その露店に立ち止まった。
意外だった。あんなにドレスや装飾品を嫌がっていたアリーナが興味を示すなんて、と。
(…少し、姫様も女性らしいことに興味が出てきたのかな…?)
もしかしたら、城で用意されたものよりも趣味が合うのかもしれない。
二人を恋人同士と勘違いした娘は贈り物に、と親しげに話しかけ続けている。
(まさか、…いや、そんなことは…)
「クリフト?置いてくわよ!」
少し先でアリーナが呼んでいる。クリフトはすぐに追いかけた。
しばらくそうしている内に、だんだんと影が長くなってきた。
歩いているうちに買い物袋はどんどん増え、アリーナとクリフトが両手で抱えてようやく持てるほどになっている。
幸いにも、大通りから外れた、この小さな通りは閑静で人通りも少なく、大きな荷物を抱えてふらふらしていても、他人にぶつかるようなことはなかった。
「姫様、こちらの方が軽いですから、交換しましょう」
アリーナに荷物を持たせたことなどない。クリフトは申し訳なさから、そう提案した。
「いいわよ。私の方が力あるもの」
「そ、そうですか」
クリフトの方は腕が悲鳴を上げている。早いところ、宿屋に戻りたい。
「ねぇ」
アリーナが、立ち止まった。
「私、港に行ってみたいの」
「港、ですか?」
クリフトはその真意を量りきれず、不思議そうに聞き返した。
珍しい話だ。
アリーナが寄り道をしたがるのは別段、珍しいことではない。
珍しいのは、その希望が何かの武器や防具のお店、食べ物のお店、遊べるような場所ではないことだ。
「うん…海が見たいなって」
クリフトは微笑んだ。しかし、ピリピリと腕は痺れている。
「構いませんよ。でも、一度戻って、これをトルネコさんに届けてからにしませんか?」
「うん…。そうね」
アリーナの戸惑ったような、返事。
「どうかしたんですか?」
アリーナは抱える袋を持ち直しながら、答えた。
「実はね、マーニャとミネアから聴いたんだけど」
クリフトは静かにその話に耳を傾ける。
「今晩、55年に一度のお祭りなんだって」
「55年、ですか」
「星がたくさん降ってくるんだって」
あぁ、とクリフトは納得が行ったように頷いた。
「流星群、ですね?」
「そうなの?そういえば、そんなこと言ってたかな」
アリーナは聞きなれない言葉に、曖昧に返した。
「一緒に、見に行きたいなって。港の方が一番よく見えるってきいたの」
アリーナはそう言いながら、小さな声で目を伏せた。
クリフトはその様子に不安になった。最近、避けられているというのに、なぜ自分なのだろうか、と。
まだ、仲間と打ち解け切れていない自分に気を使って、無理して付いていてくれるのだろうか。
姉妹と、そのような話をするほどに仲が良いのならば、姉妹といけばいい。
「夜中に私のような者と二人きりで、というのは良いことではありませんよ」
本当は嬉しくて仕方ないというのに。どうして、こんなことを言っているのだろうか。
「クリフトと一緒に行きたいの」
内心、飛び上がるほどに嬉しい。それでも、何故か笑えない。
「しかし、最近…」
思い切って、尋ねてしまえば、楽になるのだろうが、それは聴いてはいけないような気がした。言いかけたその言葉を飲み込む。
「クリフトは嫌なの?」
嫌なはずがない。
「……姫様は、最近、私のことを避けていらっしゃるのでは…」
「……!」
アリーナが目を見開いて、固まる。
(しまった)
聴いてはいけない、と分かっていたのに、
つい無意識に口をついて出た言葉にクリフトは顔をしかめて下を向いた。
「クリフトは…」
「……」
「クリフトはどうして、私にいつも、こんなに尽くしてくれるの?」
「それは、貴方様が私が命を捧げて仕える姫様だからです」
「そう…」
アリーナは寂しそうに伸びる影を眺めた。
「ねぇ、クリフトは…………私のこと…………」
「宿屋に戻りましょう?あまり、帰るのが遅いと皆が心配してしまいますよ。
きっと、これからの作戦会議もありますしね」
消え入りそうな、小さな呟き。
言い終える前に、その言葉を遮った。
自分でも驚く程に、心は冷静だった。
「うん…」
帰りもまた、沈黙が二人を包んでいた。
夕暮れ時の町の喧騒も何も気にならなかった。
やっとのことで、宿屋が見えたときにはすでに日は殆ど落ちてしまっていた。
「…これから、きっと作戦会議ですね」
「…」
「夕ご飯はなんでしょうね?」
「…お肉、食べたいかな」
元気のないアリーナ。
「姫さ…」
「クリフト。どうしても、大切な話がしたいから…」
アリーナは静かに、近くの公園の小さな川の上にかかるかわいい橋を指差した。
「あそこで、夜、待ってるから」
クリフトの返事を待たずにアリーナは駆け出すと、勢いよく、宿屋のドアを開け中に入って行った。
「ただいまーー!」
そんな元気な声が聞こえてきて、クリフトは無表情に宿屋のドアを見つめ続けた。
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