夕飯はアリーナが望んだように、肉がメインの食卓だった。
先程の言葉とは裏腹に食の進まないアリーナを気にかけつつも、クリフトは声をかけることができなかった。
(大切な話、か…)
「クリフト君。お肉を食べられない決まりなんですか?」
隣に座るトルネコが、同じく食の進まないクリフトに声をかけた。慌てて、手を左右に振って否定する。
「大食をしなければ…教義に反するということは…」
「なんだったら、飲む?」
マーニャがニヤニヤとワインの瓶を見せた。例の“おやつ”か。
その誘いも、クリフトは苦笑いで断ると、トルネコは会話に困ったのか、
「それだったら、食べて体力を付けておいてくださいね」
と、続けた。
「はい…」
頷きながら、もう一度アリーナを見ると、ミネアに同じように心配されていた。
「まったく、海辺なんじゃから魚、というもんじゃないんか」
ブライが本当にそう思っているのか疑問な程に、食を進めながらそうぼやいた。
クリスもしっかりと食べながら、力のこもった様子で頷いた。
「そうですよね、あたしも魚の方が好きなんですよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。肉は脂っぽくて好かん」
普段どおりに憎まれ口をたたくブライの様子に思わず笑みがこぼれる。
何も変わらない老人に安心する。
「あら、神官君も肉より魚派?」
また、マーニャだ。
「え、えぇ、そうですね。どちらかといえば」
「新発見ね。メモっておきましょ。“クリフトはお肉よりもお魚”って」
「そんなメモ作ってどうするんですか…?」
冗談に慣れないクリフトはどうしたら良いかわからずに、渇いた声で笑った。
「そりゃぁ、もちろん、メモが溜まったら、お姫様にプレゼントするのよ」
ドキリとして、アリーナを見る。相変わらず、ミネアに注意されていて、聞こえていなかったようだ。
ほっとする。
そんな様子にマーニャとトルネコは不思議そうに顔を見合わせた。
微妙な空気を知ってか知らずか、クリスが全員に向かって声をかけた。
「じゃぁ、今日の情報をまとめて、作戦会議しまーす。みんな食べながらでいいんで、意見を出してくださいね」
食事もそこそこ進んだことを見計らって、クリスが会議の開始を宣言した。
一様に口を閉ざす。
「マーニャさんとミネアさんの話だと、王様はすでに魔物と化しています。
目的は、導かれし者と思しき戦士と合流して、魔物を倒し、この地の平穏を取り戻すことです!」
クリスは高らかにそう告げた。
「今日、あたしがマーニャさんと城門を探ってきたんですが、キングレオのお城は厳戒態勢、警備厳重。
でも、うまく、乗り込めれば、あとはマーニャさんとミネアさんが隠し扉のスイッチの場所を知っています」
姉妹は頷いた。
そして、鍵を開けるのに必要な魔法の鍵の存在。
「以前は、鍵を壊しちゃうような怪力のお兄さんと一緒だったから良かったんだけど、一回乗り込んだことで更に厳重になっちゃって、
鍵をガンガンやって壊している場合じゃなさそうなのよね」
「鍵はどこにあるんじゃ?」
ブライの疑問に答えたのはマーニャだった。
「ここから少し南西に行ったところにある、父の研究室だったところよ。何度も行っているし、危険は少ないわ」
「ということで、二手に分かれます。この鍵を取りにいくのが、ミネアさん、トルネコさん、ブライさん。ほかのメンバーは馬車で体力温存」
ミネアがぴくりと肩を動かした。城に行くグループに外されたことに関して、だろう。
「そして、この鍵を受取り次第交代。魔法力温存の為、キメラの翼でキングレオに向かいます。あたし、マーニャさん、アリーナさん、クリフトさんが突入します。その間、残る三人は見張り、兵士の食い止めなどの後方支援です」
アリーナは相変わらず、一言もない。いつもなら、真っ先に意見を言う彼女なのに。
「質問のある人ー?」
「とりあえず、大丈夫ですそうですね」
トルネコののんびりとした返事にクリスはにやりと笑った。
「じゃぁ、作戦会議終了!今日は各自、ゆっくり休んでくださいね。明日は早朝に出発します」
目的のみの無駄のない話し合い。開始10分の短い会議が終了し、それぞれが部屋に戻っていった。
重い足取りで部屋に向かう。
(姫様は…どうしただろうか…)
部屋はトルネコと相部屋だった。部屋のドアを開けると、まだトルネコは戻っていなかった。
明かりも点けずに、窓から待ち合わせ場所の公園の小川にかかる橋を探す。しかし、部屋の向きが悪く、様子をうかがい知ることはできなかった。
思い出される船上での会話。
…守るべき、主君ですからね。何かあったら、すぐにお助けできるように…
………あんたって、本当に鈍感男なの?それとも、思いを隠すのが上手い嘘つきなのかしら?…
…私は嘘はつきません…
…鈍感な方が有力説かしら?…
(誰が、鈍感なものか…)
窓枠に手をついた。
“大切な話”が、いい意味であっても、悪い意味であっても。どういう意味を持っているのか、なんとなくわかる。
自信はあった。自惚れではない。最近の彼女と同じように、今までずっと自分が彼女を意識してきたのだ。
どうして、今になって急に。
(あの方は、サントハイムの王女なんだ…!他に、道はないじゃないか)
クリフトは思い出したように荷物を探った。
リボンのついた小さな箱。
こうなるのをどこかで恐れながらも、もしかしたら、本当に気に入ったのかもしれない、と
選んだ異国情緒のアクセサリー。戦闘の間に邪魔になると彼女が思うだろう、と配慮した
腕にぴったりとはまる、細かい掘り込みの入ったシルバーのブレスレット。小さいながらも輝石の入った、あの場で一番高価な装飾品。
ぐっと、掌に力がこもる。その力で箱が僅かに歪む。
(何を、今まで期待していたんだ)
窓を開け放つ。
夜の闇の中に、大きく振りかぶって投げ捨てた。
投げ捨てたそれが、どこに落ちたか見える前に、窓を勢いよく閉めた。窓ガラスがビリビリと喚く。
「……っ」
窓ガラスに手をついて、もう一歩も動けなかった。
光が彼を照らし出した。
星が幾筋もの雨のように、降り出した光だ。
あの装飾品を売る露店の娘によると、流れていくこの星を恋人同士で見上げて祈ると、思いが通じ合うらしい。
何を願う。
(姫様が、私のことを忘れますように)
そう、変化は怖い。
どういう結末になろうと、自分とアリーナの関係が変わってしまうことが怖い。
決して認められない想いなのだから。
(姫様が、私のことを忘れて、出合ったばかりの頃の関係に戻れますように)
夜の空を裂いて流れる星が、気に障るほどに眩しくて、クリフトはカーテンを閉めた。
そして、来ない神官をいつまでも待つアリーナもまた、小川に映る光の中に波紋を作った。
彼女も、願った。濡れた拳を強く握り合わせて。
ミントスの宿屋で聞こえてしまったあの話を忘れますように、と。
“このことについて全て忘れますように”と。
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近づいても、触れられないけど、近づいてきたら、退いてしまう。
駆け引きなしの剛速球。