「ミネアさん。アリーナさんの具合は…」
クリスの潜められた声にミネアは目の前のベッドで眠るアリーナが起きていないことをもう一度確認して、
ドアノブに手をかけたままのクリスを振り返った。
「少しの間、安静にしていれば大丈夫ですよ」
「よかった…」
クリスは青い顔をしていながらも、嬉しそうに胸を撫で下ろした。
「クリフトさんの方は…?」
替わってミネアが心配そうに尋ねた。
クリスは窓の外を見て、
「憑り付かれたように、ライアンさんと剣の稽古をしているわ」
ミネアは少しだけクリスの視線を追うと、そうですか、と小さく返事した。
「クリスさんもあまり気を落とさないでくださいね」
「そんなの無理よ…。あたしがもっとしっかりしていれば二人とも傷つかずに済んだかもしれないのに」
肩を震わせるクリスに、ミネアはなんと声をかけてよいのかわからなかった。
「あたしが、もっとリーダーとしてしっかりしていれば…」
「確かに、お前さんはまだまだ未熟者じゃな」
背後の声にはっと振り向く。
そこにいたのは老魔法使いだった。
「ブライさん…」
「しかし、話を聞く限り、あやつも姫様もまだまだ未熟者ですからな。
これからもっと連携をしっかり纏めていかなければならんのぅ」
「これから…」
「そうじゃ、全員がもっと纏まらなければ勝ち目はない、ということじゃ」
厳しい言葉。
クリスは頷いた。
「そうですね…。これは…戦いですものね」
「…ん…」
「アリーナさん!目が覚めたのね!」
誰よりも早くクリスが駆け寄り、アリーナに声をかけた。
それに反応して、ゆっくりと体を起こす。ミネアが肩に手を当て、支えた。
「あれ、私…。クリス?泣いているの?」
目が覚めてみると意識もはっきりとしている。
「…ごめんね。あたしがもっとしっかりしてればよかったのに…」
「……あ、そっか。私、キングレオにやられて…」
話しているうちに思い出した様子のアリーナは困ったように首をかしげた。
「まったく、クリフトめは。姫様のかわりにしっかり怒りつけときましたからな」
「…いいの。いいのよ、ブライ。私がマーニャを優先してって、命じたの」
「…え、それって…?」
ミネアが驚いた様子で呆然と呟いた。そんな様子に気が付きながらも、アリーナはクリスに向き直った。
「それよりも早くサントハイムに向かいましょう。ミネアとマーニャの仇がいるのよね?」
正直、長く続いて欲しくない話だった。
「…もう少し休まないとダメじゃない」
「いいえ、すぐに出ましょう。私なら大丈夫だから」
クリスが嗜めるのを、頑なにアリーナは聞かない。
やがて、ブライが、
「姫様がそうおっしゃるんじゃったら、出発しても構わないじゃろうて」
と、諦めたようにクリスを懐柔した。
「ありがとう、ブライ。あとね。クリス、お願いがあるの」
「なに?」
クリスは涙を拭った。
「サントハイムを奪回する戦いには私も前線に加えて。自分の手で居場所を取り戻すの」
「………わかったわ。だったら、せめて、着くまでにはゆっくりと傷を癒して無理しないでね」
震える手で強く握られた手。
「…もう、誰かが死んでしまうのなんて、いやなの」
「だいじょうぶ。…私は死なないわ」
翌日、すぐにサントハイム大陸へと向けて出航した。
キングレオ大陸の港ハバリアを北上すれば、すぐにサントハイム大陸に到達する。
決戦は近いだろう。
クリフトはいつの間にか、甲板に出て考え事をするのがいつの間にか定番となってしまっていた。
船室の日陰に入り、陽光を反射する海面を眺める。
「日に焼けますよ」
その声の主が誰かはすぐにわかった。アリーナではないことに少し安心する。
「そうですね。…もう少しだけ、ここで海を眺めたら戻ることに致しますね」
クリスはゆっくりと近づいた。
無意識に緊張して体を傾けるクリフトを、心中苦笑しながらクリスは真剣な表情で見上げた。
「クリフトさん。お話があるんだけど、いいかしら?」
「なんでしょうか。勇者様」
「…クリスで構わないわ」
「そうはいきません。私は神の僕。神のつかわした貴女を愛称で呼ぶわけには…」
こうして面と向かって話すのは始めてだったが、生真面目な神官にクリスは笑顔をこぼした。
「親しみすぎるっていうのなら、あたしはクリスティナっていうの。“クリスティナさん”でどうかしら?」
「それでしたら、クリスティナさん。お話とはどのような…」
クリスは一呼吸の間を置いて、クリフトに告げた。
「サントハイム城奪回の戦い。前線に立って、バルサックと戦うのは…
あたしと、ミネアさん、マーニャさん、あと…アリーナさんに決めようと思うの」
「それでしたら私も…」
クリスは首を横にゆっくりと振った。
「クリフトさん達には、突入時の露払いと後続の魔物の討伐をお願いします」
ずっとサントハイムの平穏を取り戻すために戦ってきたというのに。
サントハイムに仇なす者をようやく見つけたというのに。
「クリスティナさん。私は…」
「今の貴方は前線に出てもらうには熱くなりすぎています。
どうか、少し距離を置いて、冷静に考えてみてくださいね。」
「……わかりました。…姫様をどうか、お願いします」
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