聞けば、兜を手に入れるためにはるか南方モンバーバラまで助っ人を連れに戻っていたらしい。
マーニャのルーラがあって助かったとライアンから聞いた。
その甲斐あって、天空の兜と手に入れた仲間達が次に目指したのは東方、バトランド。ライアンの故郷。
すがすがしい空気と澄んだ空の美しい高原の国。バトランドの城に向かう前にイムルの村に拠るのが適切な
判断だろうか。
馬車の外を守るメンバーにクリフトは入っていなかった。
それがトルネコが秘密裏にクリスに助言した結果であることを彼は知らない。
「どうか私に戦わせてください」
「あたしの中ではすでに決定しています」
ぐっとクリフトは言葉につまった。
「次の入れ替えまで、馬車で交代を待っていてくださいね」
呪文を使ってみせる機会を奪われたか。
ブライはじっと静観していたが、ようやく安堵の吐息を漏らした。
「あの」
そのブライの平穏を乱したのはミネアだった。
「私は今回、体調が優れないので…クリフトさんと交代したいのですが…」
「え、でも、ミネアさん…」
もともと静かで感情を見せない女性だが、それでも体調が悪いようには見えない。
交代を決意させたのはサントハイムでの一件のためか、それとも。
クリスはしばらく彼女を見つめて考え、そして決断した。
「クリフトさん、交代をお願いします」
その言葉を聞くとミネアは微かに微笑み、馬車へ向かった。
目論見を外したブライは眉間に深い皺を寄せて背を向けた。
「作戦は“みんながんばれ!”です」
この殺戮の呪文は何体もの魔物を天に返した。
息が上がる。
やはり消耗は激しい。必ず成功する種類の呪文でもない。幾度となく唱え続けた。
マーニャが近寄ってきて険しい顔で言った。
「あんたがその呪文に自信があるのはわかったけど、おかげで連携がとれないのよ!」
「…すみません」
クリスがその様子に気が付いて、苦笑しながらクリフトに近づいた。
「クリフトさん。このままではクリフトさんの魔法力が尽きてしまいます。作戦は“呪文節約”に変えましょう」
「わかりました」
「クリフト!回復して!」
魔物を蹴り倒すアリーナに言われるがままに呪文を唱える。
魔法力が集まらない。
クリスが困った顔で呪文を唱えだし、対照的にマーニャは掴みかかる勢いでクリフトに迫った。
「だから言ってるでしょ。頭はいいんだから、もっと考えなさい!」
「すみません」
役立たず。
そうマーニャが言っているような気がした。
代わりにクリスがベホイミを唱える。クリフトの白い魔法力とは違う、優しい森の木陰のような魔法力が
アリーナを包んだ。
「あたしが最初から魔法力を温存するように作戦を立てなかったのがいけないんです」
そう暖かくフォローしてくれるクリスに何度も謝りながら、馬車のミネアと入れ替わった。
すれ違うミネアの紫の髪と静かな視線。
馬車の端でクリフトは屈みこんだ。
力を手に入れてもまだ何かが足りない。何かが違う。なぜか空しい。
集まらなかった白い力は、まるで、ついに神からも見放されたかのようだった。
間違えてしまったのだろうか。ずっと、認められることはなくても、
側で高貴な姫の笑顔を支えられると思うだけで嬉しかった。
長い間、それで良いと思っていたのに。
今、自分は何をしている。
姫を支えるどころか、側にいることも出来ない。
そして今は神の教えに背く呪文を唱え続けている。
他のどの呪文よりも多く。
どこで、こうなってしまったのだろうか。…分からない。
―私は間違えているのでしょうか?…いいえ、私はいつも貴方に忠実に。何も間違えてはいないはずですよね、神よ。
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