それから一週間ほど、たっただろうか。
 騒がしい声が聞こえたかと思うと、錠前が外され、代わりに男が投げ込まれた。
「クリフトさん。お仲間の皆さんが盗賊バコタを捕らえました。どうぞ、ここから出てくださいませ」
 成程、見覚えのある顔だったわけか。 男は仲間達と激しく争ったのだろう。あちこち痣だらけで、よくよく観察してみればあのときの詩人とわかった。
 クリフトはしばらく無残にも痛めつけられた男を見ていたが、長居は無用と牢を出た。
「聖職者様。あんたと話ができてよかった」
 向かいの牢屋に今だ囚われている鉄格子の向こうの男の手をクリフトは取った。
「貴方にも救いがありますように、願っています」
「ありがとうよ」
 クリス達が満面の笑顔で向かえに来てくれたことに 自分のことのように喜ぶ男と、無実が証明されたことを祝福する見張りの女兵士の二人に見送られて、 クリフトは牢屋を出た。彼らはこの短い期間の間にクリフトのことを好きになり応援していた者達だ。 人心を掴み離さない誠実さと魅力。 この若い神官の人間性を垣間見た気がして、迎えに来たクリスは彼が共に旅する仲間であることを誇りに思った。

「クリフトさん、体調を崩したりはしていませんか?」
 ミネアが心配そうに声をかけ、また、仲間達が口々に気遣う言葉ひとつひとつに彼は丁寧にお礼した。
 そして。
「姫様…。ありがとうございました」
 クリフトの感謝の言葉にアリーナは赤い顔で、
「よかったわね」
と、返して横を向いた。…今はこれでも十分すぎるほどだ。クリフトは目を伏せて、帽子をかぶりなおした。


 再び謁見の間に向かうと女王は申し訳なさそうに謝罪し、多くの協力を申し出てくれた。 罪人に間違われるなど、あまりいい気分ではなかったが、それ以上の価値はあったはずだ。
 その一つが天空の盾。そして、もう一つは炎の爪と呼ばれる魔法の力のこもった武器だった。
 これからの旅に力になることに間違いはなかった。



 そして女王は情報も惜しむことなく与えてくれた。
「……次は…、エルフの住む村に行ってみようかと思うの」
 クリスがその晩、眉間に皺を寄せてそう提案した。
「女王陛下の助言に従って、デスピサロの痕跡を辿るために」

 彼女自身は冷静を装っているつもりなのだろうが、全員がクリスの剣幕に押され、声一つ上げることはできない。
「多分、みんなイムル村で夢で見てると思うの。あそこへ向かいましょう」
 ぎらりと奥底で光る眼。
「反対の方はいますか?」
 未だに晴れない静寂。
「それでは、探索のメンバーを決めます。ここは少人数で向かった方が良いでしょう。 あたし一人で行きます」
「クリスティナさん」
 クリフトの声が彼女の提案に割って入った。トルネコとマーニャがはらはらとした顔でクリフトと クリスを交互に見ている。
「なんですか?」
「その探索に、私も加えてください」
 クリスが閉口した。
「…私はこの眼で見て、確かめねばならないことがあるのです」
 そう。デスピサロとエルフの真意を。
 これを告げれば、仲間達は混乱するだろう。だから、全ては言うつもりはなかった。 クリスはじっとクリフトを見つめていたが、
「……わかりました。クリフトさんも一緒にきてください。…クリフトさんはとても危害を加えそうな 姿をしていないので、行動の制限になるようなことはないでしょうしね」
 彼女の追及がなかったことに安心する。
 ガーデンブルグで見せ付けられた彼の人間性と、何より人質を買って出てもらった“借り”を思えば、 無下に断ることもできない。
「クリス。私もいくわ」
 アリーナも割って入った。クリスはぴくりと不本意そうに眉を動かしたが、諦めたように薄く笑った。
「じゃぁ、あたしとアリーナさん、クリフトさん。三人で行きましょう。…他の方々は付近で待機していてください」
「了解した」
 少しだけ、和らいだ険悪な空気を打ち壊すべく、ライアンがしっかりと頷いた。ブライも決意を秘めた瞳で髭を撫でる。 マーニャとミネアも同様だ。トルネコもまた、頭の中で必要な準備を思い描きながら片目を瞑って肯定し、 その様子を見てクリフトは一安心した。緊張して、かたく握っていた拳をようやく緩める。



 クリフトはどうしても気になることがあった。
 なぜ、こんなにも“悪”に心惹かれるのか。
 そして、なぜ、“善”に徹底しているはずなのに、こんなに空しいのか。

 それを、知る答えがそこにある気がした。



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