神と魔は永い時を争い続けてきた。
敵は魔族だった。
エルフの涙はルビーになった。
人間は罪を犯した。
自分は人間だった。
人間の世界で生きてきた。
魔族の中に野心に燃える者がいた。
人間の中に勇者が生まれた。
戦いの中に多くの人が死んだ。
復讐心にとり付かれた人間が戦った。
報復の念にとりつかれた者が立ち上がった。
幾つもの絶望の欠片が組み合わさって、導き出された真相。
なんと空しい連鎖だろうか。
これが何を生み出すというのだろうか。
悲劇以外の何が起こるというのか。
クリフトは目の前にいる毒々しい黄緑色の体を持った化け物と対峙して、そう思った。
それはかつてはピサロと呼ばれ、そしてデスピサロと名乗った魔界の皇子の成れの果て。
エビルプリーストの言ったように理性の欠片もない破壊兵器に他ならなかった。
「また再生する…!」
マーニャが舌打した。
進化の秘法を施されたデスピサロの体は戦うごとに再生を繰り返し、より強大になっていく。
エスタークには見られなかった現象だ。その腕に嵌められた黄金の腕輪の力なのか。
デスピサロがその腕を振り上げて、トルネコを弾き飛ばした。
「…トルネコさん!」
ミネアが悲鳴にも似た叫び声で治癒の呪文を唱えたことで再び立ち上がったものの、その表情には焦りが色濃く浮かんでいた。
「メラゾーマ!」
「マヒャド!」
マーニャとブライの裂帛の気合の叫びの声と共に放たれた魔法により、デスピサロは再び足を失った。
「まだ再生するの?!」
クリスが混乱した様子で呪文を唱えた。
「ギガデイン!」
轟音とともにデスピサロの体を閃光と稲光が包み込む。
直撃を受けて焦げたその体からは緑色の粘着質な体液が滲み出て、あたりを異臭が支配した。
吐き気を催すその悪臭にマーニャが口元を押さえる。
デスピサロが立ち上がった。失われていた腕や脚が再生をはじめ、より大きく強大なものに生え変っていく。
不恰好になったその頭から更に頭が生えた。
「…化け物…」
アリーナが吐き捨てるように言った。
「どうしたらいいの!?」
マーニャがそう叫んでクリスに指示を求めるが、頼みの勇者も黙って攻撃を加え続けるばかりだ。
「クリス…!」
「…こ、攻撃を続けてください!」
クリスが半ばヤケにそう叫んだ。
「でも、このままどんどん強力な化け物になってしまったら…!」
「それは…!」
ミネアの提言にクリスは顔をしかめて、言葉を失う。
「大丈夫です。きっと、大丈夫。クリスティナさん、攻撃を続けましょう」
クリフトは確信があった。
クリスはクリフトの言葉に恐れにも似た表情を浮かべたが、にやりと笑って頷くと、
「いいですか!力を合わせて攻撃です!」
澄んだ声を張り上げた。
「全員、魔法力を集中させてください!止めの一撃をくれてやります!」
いつもの調子を取り戻したクリスの言葉に魔法を扱える者はクリスの下に集まり魔法力を高めた。
「守りは任せて!」
アリーナとライアン、トルネコがクリス達の邪魔をさせまいと攻撃を阻む。
マーニャの赤い魔法力が、ブライの青い魔法力が、ミネアの淡い紫の魔法力がクリスの元に集まり、
純銀色の煌きに昇華していく。
あまりに強い光にデスピサロは顔を腕で覆った。
(…終わりにしましょう。ピサロさん)
クリフトもクリスへと全魔法力を流し込んだ。
「ミナデイン!!」
地獄の大地中を浄化する雷が迸り、周囲を包み込んだ。
デスピサロはそれでも立ち上がろうと足掻いた。
体のあちこちが焦げ、溶けているにも関わらず。
「…これでダメなんて…!」
「また再生するのか…!?」
アリーナが絶望した様子で肩を落とし、ライアンが血の流れる腕を押さえながら眉間に皺を寄せた。
「いえ、様子がおかしい…」
クリスは違和感を抱きながら、デスピサロの様子を慎重に伺う。
びしり。
微かな金属の音がした。
「やはり…」
クリフトは呟いて、瞳を伏せた。
「やはり、贋作だった…」
彼らが見守る前で、黄金の腕輪は真っ二つに崩れ落ち、デスピサロの足元で粉々に砕け散ってた。
フレノールの洞窟で見つけた黄金の腕輪。
過去の神官が守るようにしていた腕輪。
太古の呪いを集めているというのに大した危険を感じなかった。
「かつての神官が我々を導いてくださった。…神よ、感謝いたします」
黄金の腕輪を失ったデスピサロの体の再生は止まった。
後は崩れていくばかり。
崩れていくデスピサロにクリスは話しかけた。
「ずっと、この日を待ってた。…さようなら、デスピサロ」
その声に反応するかのように、喚いていただけのデスピサロが再び目を開いた。
その瞳には確かに意思の光が灯っている。
「……私は敗れたのか……体が崩れていく…」
風化した砂のように崩れ落ちてくその体。一瞬、ピサロの姿が見えたような気がした。
(ロザリーさん。…これで良かったんですよね…)
クリフトは魂の平穏を願って祈った。
デスピサロの体が完全に崩れ落ちた。
足元がぐらつく。
「どうやら、地獄の主が滅びたことでここも崩壊を始めたようじゃな」
「早く脱出しないといけないですね」
ブライとトルネコが焦ってそう叫ぶ。
「……」
クリスはしばらくデスピサロの座っていた玉座を眺めていた。
「…クリス」
マーニャがその肩を叩いて声をかけた。
「あんたはホンットにがんばったわ」
「そうですよ。みんな、クリスさんのこと頼りにしてましたからね!後、その伝説の武器、まだ狙ってますからね」
マーニャとトルネコはいつでも仲間達を明るく励ましてくれた。
「クリスティナさんにしか装備できないじゃないですか」
クリフトが珍しく声を大にして笑った。ミネアが水晶を覗いた。
「暗い影が晴れていきます。…クリスさん。貴女の功績ですね!」
クリフトとミネアはいつでも優しかった。
「クリス、平和になってもまた試合しましょうね。私と互角に戦える女の子は貴女くらいなものよ」
「クリスさえ良かったらバトランドに来て貰いたいと思っている」
アリーナがクリスの顔を覗き込んで歯を見せて笑い、ライアンは静かにクリスの肩に手を置いた。
二人はいつでも力強かった。
「…積もる話は後にせんと、そろそろ戻らんと本当に崩れてしまうわ。クリス、最後の仕上げじゃ。
その剣の力があれば地上に導くことができるじゃろう」
ブライの知恵は仲間達の旅の支えだった。
「うん。帰りましょう。皆で地上に帰りましょう」
振り向いたクリスは大粒の涙を落としながら笑った。
「あたし、一緒に旅して来てくれた仲間が皆で本当に良かった!」
剣から光が溢れ、嘆きの世界を優しく包んでいった。
その様子を天空から見守っていたルーシアは誰一人欠けることなく、
戦いが終結したことに歓喜して振り向いた。勢いよく流れた髪がさらさらと靡く。
「あぁ、良かった!本当に良かった!
信じていましたわ!クリスさんは本当に立派でしたもの!」
ルーシアは背後の女性の手を取って振り回すようにして喜びを表現する。
はしゃぐ彼女とは対照的に、女性は声を震わせて静かに涙を落とした。
「…クリスティナ。良い仲間に出会えたのね。…よく頑張ったわね…!!」
その女性は美しい緑の髪を持っていた。
そして、一ヵ月後。
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