王族と親しかった近しい友人、そして、側近の大臣と神官たち。兵士達は近衛兵数名のみが同行を許された。
数少ない人数の者のみで埋葬は行われるのはいつもの慣習だ、とクリフトは聞いていた。
エンドール地方の半島にサントハイム王家の墓地がある。そこへは船で向かうことになる。
王妃の棺を乗せて、船は出向の準備を整えていた。
喪に服すために飾りを控えたその船は、それでも王族を乗せるとあって大きく立派だった。
庶民の家ならすっぽり収まってしまいそうな大きさにも見える。
皮肉なほどに良く晴れた空。青い空に青い海、そして、浮かぶ巨大船。
見送りに来た大勢の人が祈りを捧げる中、王が、アリーナが、神官長が乗り込んでいく。
大臣、ブライもその姿の中にあった。そして、少し遅れてサラン大司教クレフもその中に加わった。
クリフトはその中に入ることを許されなかった。桟橋近くで船を見上げていたクリフトの目に彼らが映る。
フレイも見えた。神官が数人見えたが、誰もが埋葬の式を厳粛に執り行う準備に追われているようだった。
そして、アリーナが見えた。彼女は表情なくうつむいており、父である王がずっと付き添っていた。
王妃の昇天の連絡を聞いてから、アリーナは泣き止み、ずっとあの調子だ。
近くにいてやりたいが、こればかりは彼にはどうすることもできない。
手を組み祈りを捧げる民衆の中で一人彼らを無表情に見上げていた。
「なかなか出航されないけど、何かあったのかしら…?」
近くにいた町の女性が不思議そうに隣の女性と話をしている。確かに船は帆をあげたままなかなか出航しない。
小さなざわめきは回りに飛び火していく。すると、ざわめきが大きくなった。
見ると、船から神官が降りてくる。あの時の黒髪の神官とフレイだ。
何か忘れ物でもしたのかな、などと考えているうちに二人は人ごみを掻き分け自分の近くにやってきた。
「クリフト君。いっしょにきてもらえないかな?」
眉間に皺を寄せる厳しそうな顔をした黒髪の神官の思いがけない申請にクリフトは戸惑う。
聖職者の職は人々の尊敬を集める。神官ももちろんその中に当てはまるし、何よりエリートであるイメージが強い。
彼らを近くで見ようと集まる民衆を抑えていたフレイが彼を急がせた。
「クリフトくん、大丈夫だからね」
クリフトは彼らと一緒に民衆達の間をすり抜け船へと急いだ。
後ろについてこようとする民衆をサイントハイム兵士が規制している。立派な兵士達が同行しないのになぜ自分が。
疑問は増える一方だ。
「私達に触っても何にも御利益はないんですけどね」
一人、行動を起こすと回りも動く。そんな群集心理にクリフトの横に付き添うフレイは苦笑した。
前を歩く黒髪の神官は答えた。
「そういうものだ。勉強になっただろう」
黒髪の神官は甲板に降り立つと振り向き、クリフトに手を差し出した。手を借りて甲板に下りる。フレイと同じ、流れるような美しいその作法に
クリフトは城仕えの気品を感じた。
フレイも甲板に降りるとクリフトに耳打ちする。
「彼は私と同じ神官のティゲルト。経験と徳を積んでいるんだよ」
彼はフレイの上官なのだろう。同じ神官だが親近感のあるフレイよりもずっと近寄り難い神聖な雰囲気を持っていた。
「将来、一緒に仕事することになるかもしれないね」
フレイはそれだけ言うと、神官長の元へ向かうティゲルトの後を追った。一人残されたクリフトの元にブライがやってくる。
「すまんのぉ、呼び出してしまって」
「いいえ」
「実は姫様がお前さんが来ないと一緒に来ないと言っておるんじゃ」
すると、当人のアリーナが王と一緒に現れた。アリーナはやはり無表情のまま、クリフトの制服の袖を掴む。
クリフトは慌てて王に頭を下げた。
「クリフト、墓に一緒に来てもらうことはできないが、どうか着くまでアリーナと一緒にいてやってくれ」
「も、もちろんです」
王はクリフトの了解を得ると、頷きブライを引きつれ船室へと入っていった。
アリーナと二人だけ残された。何か言いたいことはたくさんあったはずなのに、何を言えばいいのかわからない。
二人は甲板に置かれた長椅子に力なく腰を下ろす。
「前の日まで元気だったのに…」
アリーナは小さい声で確かにそういった。
「どうして、お母様は死んでしまったの…」
クリフトにはなんといえば良いのかわからなかった。自分には親がいた記憶がない。親を亡くす気持ちは到底わからなかった。
それでも、クリフトにもわかることがある。
「私も…お妃様に大変親切にしていただきました」
そう、小さい頃にお妃様にかけてもらった優しい言葉。
「両親のいない私はお妃様のことをずっと…母のように思っていました」
「クリフト…」
アリーナが何か言おうとして言葉に詰まる。
「ずっと、姫様とお妃様を拝見していて、私の母も、お妃様のような方だったらよかったのに、と」
アリーナがクリフトをじっと見つめた。
「姫様、姫様のお母様はとてもすばらしい方でした」
アリーナの瞳から大粒の涙がこぼれる。クリフトはそっとキレイに折られたハンカチを渡す。
ずっと泣きつづけたアリーナの肩を抱いたままクリフトはしばらくそのままでいてあげた。
サントハイム王家の墓には僅かな時間で見えてきた。船員たちが上陸の準備を始めている。長旅になるかと思っていたクリフト拍子抜けしてしまった。
アリーナは顔を上げ、涙をぬぐう。
「クリフトが居てくれて本当に良かった」
「姫様…」
アリーナは笑顔を作る。まだ顔が強張っていたが、クリフトには十分、眩しく映った。
「お母様と笑ってお別れしたいの」
クリフトも頷く。
「私の分もお妃さまによろしくとお伝えください」
「うん、クリフトのお母様でもあるものね」
ブライや王、兵士たちがアリーナを迎えに来た。彼らはアリーナの様子に驚いた様子だった。
上陸していく彼らを見送るクリフトに王は深く腰を折り敬意を示す。
突然の王の行動にクリフトも慌てて頭を下げる。
ブライもこちらを向いて微笑んでいた。
「元気そうで何よりだね、クリフト」
彼は驚いて振り向いた。そういえば、乗船する姿を見ていた。高位の聖職者が着る法衣。優しい声。久しぶりに話す大司教。
「よく評判は聞いていたよ。私は誇りに思う」
大司教クレフ・シメオン。大司教はクリフトの姿をじっくりと観察した。
「大きく立派になったね。毎日、楽しく過ごしているかね?」
「はい。大司教様のおかげです」
「また、大聖堂にも顔を見せなさい。皆、心配していたよ」
「はい」
大司教は彼の頭を撫でると兵士の一人に付き添われ、船を下りていった。
短い再会だったけど、会えただけでも満足だった。
最後に年老いた神官長ソテルが神官ティゲルトに付き添われ船を下りた。雇われた船員達も休憩のため船室に引き上げ、
甲板にはクリフト一人が残された。
一人きり。
静かで穏やかな一人の時間。クリフトはまた、同じ場所に戻り体を丸めるように座る。
波が浜へと寄せる音のみが心地よく耳に馴染む。考えてみれば、アリーナと夜サランの街へと出かけてから、ずっと慌しく随分と慌しかった気がした。
ニックは去り、親切にしてくれた王妃は急に亡くなられた。
一晩の間に大切な人を二人も消えてしまった。
まだ、話したいことや伝えたい言葉はいっぱい残っていたというのに。
クリフトは唇を噛んだ。
強く握り合わせる拳に一滴、もう一滴。涙が落ちた。
泣いたのはアリーナと初めて会ったあの日以来だった。
情けなく大泣きした6歳の初夏。お妃に笑われたあの日。
あの日以来、アリーナという守りたい存在が出来て、ずっと気を張っていた。
ようやく、泣くことのできたクリフトは一人、声を殺して泣きつづけた。
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