黄金の腕輪とはなんなのか。
黄金が欲しいというだけなら、ここまで大げさな誘拐は起こさないだろう。
では、何だろうか。それは、町の外れにある墓地の墓守が詳しいらしい。
クリフトはそのことを教えてくれた町人に丁寧にお礼をして、墓地へと向かった。
「黄金の腕輪っていうのは隠された宝物さ」
「……きっと、それだけではないのでしょう?」
クリフトは怪訝そうな顔で返した。墓守はぼさぼさに伸びた髭面に頬杖をついた。
「…呪いさ」
「呪い?」
クリフトはオウム返しに呟いた。墓守は呻くように笑った。
「そうさ。人に災いをもたらす呪いの品さ」
そんな物騒なものをわざわざ欲しがるとはどういうことだろうか。
偽者とはいえ姫だと思って誘拐を企てたはず。金品を要求しないとは釈然としない。
嫌な予感がした。
「…どこにあるのですか?」
墓守は目を丸くした。
「やめときな。兄さんに扱える品物じゃねぇよ」
クリフトは机に右手をついた。
「教えてください」
そっと手を離す。墓守は置かれた紙切れをこそこそと懐にしまうと、棚から紙とペンと持ち出し、さらさらと地図を描き始めた。
「ここだ。この町の南の洞窟に封印されている」
「…ありがとうございました」
フレノールの南の洞窟…。聞き覚えのあるその言葉。
(…まさか…)
クリフトの感じていた嫌な予感は増すばかりだった。
墓地から出る頃には太陽はしずみかけ、空を茜色に染め上げていた。
大草原、そして丘にある町から見える海。全てを染め上げる夕暮の景色。評判通りに絶景だ。
それを楽しむ余裕は今、クリフトにはなかった。
鉄が風をきりさく音が心地よい。
クリフトは試しに振ってみたその手応えと馴染みを確認すると、背に装備した。
槍は剣ほど得意ではないが、問題ないだろう。研ぎに出している剣のかわりに鉄製の槍を借り受けることに決め、
武器屋を後にした。町を出るべく歩みを進める。
「クリフト!まさか一人でいくつもり?」
その声にぎょっとして振り向く。そこに居たのは自分と同じように支度を整えたアリーナの姿だった。
「…姫様、これは私の独断での行動です。どうかお見逃しを」
アリーナは表情一つ変えずにクリフトの横に並ぶように歩いた。
困ったような表情を浮かべる横顔にアリーナは笑う。
「だったら、これは私の独断での行動よ」
観念したクリフトはアリーナの背負う荷物を取り上げた。
「…荷物を持つのは私の役目です」
「……ありがと!」
「姫様、乗馬はお好きでしたよね?」
向かった先には墓守が弾んだチップのおまけに用意してくれた馬が一頭。
アリーナはもちろん、と頷いた。
「では、どちらが手綱を握りましょうかね?」
「その言い方は譲りたくないときね」
「…バレてましたか」
姫の後ろに乗せてもらうなど、大して大きくもないが自尊心が保てない。それに、アリーナの乗馬に
しがみついているくらいだったら、自分が馬を駆るほうがよほど楽だろう。
二人は笑い合うと馬に跨った。アリーナはしっかりとクリフトの腰にしがみつく。
「よろしくね、王子様」
クリフトはそんな可愛らしい冗談に、思わず顔がほころんでしまう。
そんな顔を見られたくなくて、クリフトは振り向かずに馬を蹴った。
「とばしますからね!」
「うん!」
日が落ちる前にその洞窟に着きたい。フレノールの大平原を風となって駆け抜ける。びゅうびゅうと
耳元で鳴り続け、頬を凪ぐ冷たい風。
途中で襲い掛かってくる魔物をその突進で踏み蹴散らして驀進し続け、
クリフトは激しく揺れる馬上でバランスを取る。アリーナは振り落とされないように
しっかりとしがみつき続けた。これくらいで振り落とされるわけはない。
それは長年の側にいた経験からわかる絶大な信頼だ。
「…クリフト?」
風の音に混じって、すぐ背後から聞こえるアリーナの声。
「少し早すぎましたか?」
クリフトは言葉だけで応える。
「ううん。クリフトの腰って細いんだね」
思わず噴出しそうになった。慌てて緩んだ手綱を握りなおす。
「な、何を言っているんですか……」
そう言われるとついつい、密着するアリーナの温もりを意識してしまう。
ぶんぶんと頭を振って邪念を追い払うことに集中するしかない。
ここで落馬でもしたらどうするというのだ。これは試練か。
「…もう少し鍛えた方がいいんじゃないかしら?ほら、今日は槍なんだし」
「…そうですね」
反対に全く邪気のない、アリーナの言葉に落胆するものの頭はしっかりと冷めた。
「姫様、そろそろ着くはずです」
鬱蒼とした森の中を進んでいく。地図に示された通り、そこには洞窟があった。
周囲には悪臭を放つ紫色の沼が広がっており、ごぼごぼとガスを噴出している。
思わず顔をしかめた。洞窟の中の空気は正常だろうか。
クリフトはたいまつをその洞窟の中へと差し向ける。照らし出された入り口は
明らかに人が作ったものだった。
「…」
出発前からずっと気になっていたこと。
クリフトはそれを確認するために、その入り口の石材の周囲を気にかけてまわる。
「やはり…」
ツタに隠された神聖文字の刻印。
「どうかしたの?」
アリーナの問いにクリフトは陰鬱な顔を向けた。
「ここは、我々神官の間で入ることを禁止された洞窟です」
「禁止?」
「そうです」
クリフトは神妙に頷いた。歴史研究官フレイから聞いていた話を彼女にも伝えるべくその文字が
よく見えるようにたいまつを近づけた。
「ここには“立ち入ることなかれ”と記されています」
アリーナはその文字を眺めるが読めないため、いまいち実感がわかないようだった。
「ここは100年程前、当時の歴史研究官が研究のために入り、二度と帰ってこなかったそうです。
それ以来、危険な場所とされているのです」
アリーナは鼻で返事すると、腕を組んだ。
「…じゃぁ、気をつけては行かないとね」
あまりにもアリーナらしいの反応に、顔を引きつらせて笑うしかない。もっとも最初からその
選択肢以外残されていなかったが。
クリフトはアリーナにたいまつを渡した。自分の得物は両手使いの槍であるからだ。
「行きましょうか」
「えぇ」
中は見たこともない様式の祭壇が並んでいた。随分と古い時代のものだ。
異教徒のものだろうか。
ここは、気持ちが悪い。クリフトは嫌な汗をかいているのが自分でもよくわかった。
足がすくむような邪気とよく知った神聖な香り。どういう場所なんだろうか。
祭壇のある一つのフロアを越えるとまた祭壇がある広い場所に出る。それを繰り返しているようだ。
しかし、思っていたよりもずっと構造事自体は単純だ。地図製作のために持ってきた紙も、
目印にするためのよく光を反射する金属片もまったく使いどころがない。
突然、こうもりに混じって、魔物の吸血蝙蝠が飛び掛ってきた。観察する時間も与えてくれないのか。
槍の一突きでそれらを追い払うと、たいまつを持ったアリーナが感心したようにクリフトの腕に飛びついた。
「クリフトって槍も使えるのね!はじめて見たわ!」
槍の先の魔物の血を払いながら、遠慮がちに頷いた。
「剣、槍、弓、杖と一通り形だけは学んでいるので…どれも自信はないのですが…」
「そんなことないわよ、すごいわ」
謙遜し続けるクリフトだったが、悪い気はしない。
「リーチが長いっていうのがいいわよね、槍は」
なぜにここまで来て槍談義なのか。クリフトは不思議に思わざるを得ないが、
アリーナが怖がったりする様子を見るよりはずっとマシだろう。そう思うしかなかった。
またしても現れたラリホービートルを槍を横に振りなぎ倒す。
「どこに隠されているんでしょうね…」
延々と続く似たような景色に、このままでは消耗する一方であることを思うと危機感を募らせた。
アリーナが祭壇の奥を指差して叫ぶ。
「下にいけるわ!」
指差されたその先。なおも深遠の地下へと続く階段が待っていた。
クリフトは隠されているようにひっそりと佇むその階段に率先して足をかけた。どうやら、壊れたりはしなさそうだ。
嫌な空気が濃くなった。
「…これは!」
二人が見たもの。それは一面にひろがる魔物の骨と死骸の海だった。
一際大きく、見通しの良いその広場は足元が見えないほどに埋め尽くされている。
クリフトは凄惨なその光景に口を押さえた。
一歩踏み出すと、脳に響くような骨の折れる音が足から体中へと伝わる。
生理的に受け付けることのできない不快音。
「あんまり長居したくないわね…」
アリーナは身震いしながらも思い切ってまた一歩踏み出す。また、バキボキと音がした。
そんなに祭壇まで距離はないはずなのに、随分と遠く感じる。
ついつい無言になってしまった二人は足元だけを見て、なるべくそれらを踏まないように
気をつけるのが精一杯だった。
「この人は!」
祭壇も間近、そう思ったクリフトの目に映ったのは人間の骨だった。
「それって、神官の制服…?」
アリーナもすぐに気が付いた。祭壇の段に突っ伏すように倒れて白骨化している骸骨が身に着けているもの。
それはクリフトと同じ緑色の神官服だった。思い当たるのはただ一人。
「この人が…ここで帰らぬ人となったっていう神官なの…?」
クリフトは足元のことなど忘れ、その骸骨に歩み寄るととその体を起こしてみた。
「…恐らくは間違いないでしょうね…天に導かれるように祈るばかりです」
クリフトは険しい表情でその着衣を観察し続ける。随分と薄汚れているが、見間違うことなどできない
サントハイム神官の制服だ。
「クリフト!その下!」
アリーナが言う下、クリフトも見た。
骸骨に下に隠されるように置いてあった金色に光るもの。
その光は黄金の光というよりも、闇夜に光る魔物の瞳のような不気味さだ。
「これが、黄金の腕輪…?」
触るのも躊躇われる邪気。呪いというのはやはり本物か。
クリフトはハンカチを取り出すと、直接触らないようにしてその腕輪を拾い上げた。
過去の神官がこの腕輪へと導いてくれたに違いない。クリフトはそう思い、十字を切って目の前の神官のために祈りの
言葉を捧げた。
「さぁ、急いで戻りましょう」
フレノールの宿屋に戻るとブライが不機嫌そうに待ち構えていた。
どうやら、二人が出て行った後、宿に留まりながらも騒ぎを収めることに尽力してくれていたようだ。
「賊は墓場で待っているようですぞ」
ブライは宿屋の窓からその方向を見て告げた。どうやら、諦めはついているらしい。
墓場に待ち構える賊の群れ。死者の眠りを邪魔するかのように、墓石を踏みにじっている。
頭領と思しき男に抱えられた娘はさるぐつわされながらも呻き、体をよじらせた。どうやら無事なようだ。
「腕輪は持ってきたんだろうな?」
クリフトは無言でハンカチからその腕輪を見せた。
満足そうに男は笑みを浮かべる。
「こっちへよこしな」
クリフトがその腕輪を投げ捨てるように空へと放る。
月明かりに反射しきらきらと光った。
はるか古代から封印されていたというのに、磨き上げられたかのような輝き。
男はその腕輪を受け止めると偽者の姫を床へとたたきつけた。
ブライが娘の縄を解いてやる。
「偽者だって知っていたようだな、ご苦労なことだ」
無神経な賊の言葉にアリーナは拳を握り、きっと見据えた。
「さっさと立ち去りなさい!」
高く響きわたる声。
男は舌打すると、現れたときのように消え去るように立ち去っていく。
アリーナは微動だにせずに睨みつけ続けた。
そして、座り込んだまま震えて動けない娘手を差し伸べる。
「大丈夫?」
偽者は憔悴した顔で何度も何度もありがとうと告げ、その手を取ってようやく立ち上がった。
そんな彼女をアリーナはエスコートするように、宿屋へと連れて帰った。
次の日。偽者一行は集めた献上品と共にいなくなった。
アリーナはショックを受けたのか、ずっと口をきかないまま部屋に籠もっている。
そんな様子にブライは思っていた通りだと肩を落とし、
クリフトも返ってきた剣の刀身を見つめたまま、黙って己を戒めていた。
「…お前さんは気付いとったんじゃろう?」
ブライの問いに、クリフトは刀身を鞘に収めた。
「…はい」
賊がやってきて怪我をした老人の手当をしたときに。
「おじいさんの足はどこも悪くありませんでした」
それでも、
「信じたかったんです」
そう思わずにはいられなかった。
困っているのかもしれないと思ったら、助けずにはいられなかった。
「それで、今姫様は大変悲しんでおる」
「………はい」
裏切られた苦しみ。そして、自分の甘さが姫様の心を傷つけてしまったこと。
クリフトはどこにもぶつけることが出来ない苛立ちに身を震わせた。
「まぁ、これも姫様の経験になったじゃろう」
ブライの言葉にも、クリフトの気は安らぐことはなかった。
そこへやってきたのはアリーナ本人だった。
目が赤い。
それでも、強張った笑顔を浮かべている。
「二人とも、今回は迷惑かけちゃってごめんね」
本当はもっと一人で泣きたかったんだろうに。なんと健気なのだろうか。
ブライが諭すかのように笑いかけた。
「こういうこともあります」
「ほんと、私ってバカよね…」
今にも泣き出しそうな大切な姫の様子にクリフトはぎりぎりと奥歯を噛んだ。
「私も嘘をついていると知りながら、彼らを信じました。だから、今回は私が悪いのです」
「…クリフト…」
クリフトはアリーナの前にすっと立つと胸に手を当てる。
「でも、私は彼らを信じて差し上げる優しい姫様の笑顔はステキだと思いました」
多分、アリーナと同じく、自分も今にも泣き出しそうな歪んだ顔をしているんだろう。
「だから、信じることだけは忘れちゃいけないんです。失敗したら少しずつでも学べばいいんです」
アリーナは肩を震わせた。
「私もご一緒しますから」
泣き出すアリーナの肩に優しく手を置いたクリフトを、咎めることなくブライは暖かく見守り続けた。
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鉄のやりが大好き+乗馬クリフトが書きたかったんです。